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今月のことば

2006年03月

放課後の"道場"に憶う

戸村 達公

 「文武両道」というのが、私の育った和歌山県桐蔭高等学校の校風であり、それは明治十二年、旧制和歌山中学校として創立されて以来の伝統として今はもう百参拾年に近い。
 勉強は授業に集中する。放課後は人間を磨き、人格、人柄、精神を練る場であり、時間であり、或は人生の指針を師、友と共に語り、自分を見付ける場であって、それらすべては放課後で形成されるものとされてきた。
 一分野の学問では納まりきれないと言われた博学の民俗学者南方熊楠先輩(明16卒)は授業以外の時間は昆虫や植物の採集、観察に没頭し、それを激賞した一教員によって世界的学者への道を駆け上ったといわれている。
 一九三二年ロサンゼルス、一九三六年ベルリン両オリンピック棒高跳で第二位。両大会連続銀メダルに輝いた西田修平先輩(昭2卒)は、ベルリンから帰国後、二、三位決定を競った大江季雄選手の銅メダルと自分の銀メダルを共に半分に切り、銀銅貼り合わせたメダルを共有し、世界の人々から「友情のメダル」として、その素晴らしい思いやり、友情、人間性を絶賛されている。
 同じ一九三六年ベルリン大会五千メートル競技で入賞こそ逸したものの竹中正一郎先輩(昭5卒)は、優勝者にトラック内で追い付かれた際、故意ではなく無意識の中でインコースを走らせ、後年「態とではない。恥ずかしい限りだ」と申されていたそうですが、朦朧とした無意識に近い状態の中でのこの行為が、人柄、人格を表わすフェアな態度であったとして新聞紙上でも賞賛されている。
 野球殿堂入りされた元阪急、近鉄等の監督を務めた西本幸雄先輩(昭和13卒)は、ラグビー部員として活躍中に、全国中等学校(現、高等学校)野球大会が大正四年に開催され、惨状に陥ったこの年、歴史、伝統を絶やす訳にはいかない、と敢然と野球部入りされたという決断。意気と熱情の持ち主であった。
 あまりにも我田引水の例ばかりを持ち出したが、これら先輩方を突き動かしたものは「文武両道」という校風であり、そのすべては放課後に育まれた人格、人柄、精神であることに注目頂きたい。
 以前、将棋の木村義雄名人が「勝ち負けには段階がある。まず第一段階は技術、つまり技の差で勝負は決まる。技術が同じならば第二段階として、その技術をどこまで持続できるかという持久力、或は体力の差で決まる。」技術も持久力(体力)も互角であれば第三段階として精神力の旺盛な方が勝つ。それでは技術、持久力(体力)、精神力いずれも甲乙ないとすれば引き分けか、というと決してそうではない。最後は"人柄"の良い方が必ず勝つ」大要、以上のような話をされたことがありましたが、柔道を志した私共が究極の目的とするところのものと寸分変わらない。
 放課後の道場で、ただ単に身体、技を鍛え上げただけではない。柔道を通じて自分の生涯にわたっての素晴らしい何かを、それを"精神" "心"或いは"人間(人格)形成" "人柄"等々と言えるかもしれないが、それを手に入れてきた筈である。
 そのあたりのことは、柔道を志す人なら一度はご覧になられたであろう「練習量がすべてを決定する柔道」という魅惑的な言葉に惹かれ、静岡の中学校から金沢の第四高等学校へと進んだ井上靖の自伝的小説「北の海」に余すところなく描写されている。
 柔道を志した生活の中で、何が大切なのか、何を養い、何を身につけなければならないのか。自ら十分考えてもらいたいと同時に、当然のことながら学生、生徒の胸に生涯にわたって燃え続けるであろう炎を灯す指導者にとっては、自分の姿勢、後ろ姿、態度が学生、生徒にどれだけ大きな、計り知れない感化を与えているのかを十分にわきまえ、正しくあろうとする努力をし続けなければならないものだろう。
 「校舎や教室、グラウンドで塵を拾っている教員の姿を見た生徒がいるだろうか。生徒に対しては勿論、教員同士の挨拶。出退勤時の服装。校長室への出入りや来客時の上着の着用。開けた扉は静かに閉めているのか。スリッパ、靴の類は靴先を外に向け揃えて脱いでいるのか。道場へは勿論、教室への出入りの際も会釈しているのか。旅行、研修時の朝、パジャマ、寝巻きの類を脱ぎ捨てにしてはいないか。布団は形を整えて出発しているのか。板書の文字、筆順は正しいのか。日本は無論のこと、他国も含めて、国旗、国歌に対する敬意、威儀が正しくなされているのか。
 すべての教員は、こうした社会人としてのマナー、人間としての修養、"生きざま"を必死に生徒にぶつけることによって"人"は育つのであって、教壇に立って、ただ単に知識を切り売りするだけの教員はいらない。
 生徒を変えるためには教員が変わらなければならない。子供を変えるためには親が変わらなければならない。これが鉄則である。」 ―括弧内は、私が会長を仰せ付かっている和中・桐蔭同窓会の会報(大阪・平成16年版)に、同級生及び母校教職員に向けて私の執筆した文章の抜粋から―    柔道の"素晴らしさ"は、柔道人すべてが持つ"素晴らしさ"であってほしい。

((財)和歌山県柔道連盟会長)

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