今月のことば
2022年7月
柔道に魅了されて
佐原恭輔
はじめに
本村龍太郎氏から会長を引き継ぎ4年目となった。2007 (平成19) 年に理事長となり、代々の会長のもとで選手の強化育成などを12年間担ってきた。本県は2014(平成26)年の地元国体で念願の天皇杯を獲得することが出来た。柔道競技も総合2位となり貢献が出来た。国体終了後も強化育成などを継続し、その結果が昨年の東京オリンピック男子81kg級で永瀬貴規選手(本県出身)の金メダル獲得につながったものと自負している。
柔道との出会い
私は小学校5年生から柔道を始めた。父は長崎県警の柔道特練員で、自宅の柱にチューブを巻き付け、いつも打込をしていた。その姿を見て、幼少の頃から柔道を習いたいと言い続けていた。小学校5年生で「柔道をやって良い」と許しが得られ、県警の養心会道場で柔道を始めた。
中学校1年生の昭和39(1964)年に東京オリンピックが開催され、柔道が正式種目として採用された。当時は、軽量・中量・重量の3階級と無差別であり、日本は、軽・中・重の3階級で金メダルを獲得した。無差別では、オランダの巨人ヘーシンク選手が決勝で神永昭夫選手を抑え込み「一本」で勝利した。勝った瞬間、オランダの柔道関係者が試合場に上がろうとする行為を、試合を終えたばかりのヘーシンク選手が咄嗟にジェスチャーを交えて制止した。このシーンを見て、ヘーシンク選手の行為が素晴らしく、風格があり真の王者であると思った。後で知ったことだが、彼の指導者は日本人であり、柔道の教えは技量のみならず、精神面でも世界に広まっていると感じた。日本人が敗れたことはショックではあったが、外国人であるヘーシンク選手の勝利が、世界に柔道が普及した要因と今は思っている。4年後のメキシコオリンピックでは不採用となったが、その後のオリンピックでは全て採用され、現在に至っている。東京オリンピックを見て、将来は日本を代表する選手になりたいと強く思った。
柔道に熱中して
中学・高校と柔道を続け、県高校総体の軽量級で優勝し、国士舘大学に進学した。大学2年生の頃、木村政彦先生の『鬼の柔道』という本に出会った。感動して、木村先生の柔道に取り組む姿勢を真似して稽古に励んだ。いろいろ工夫して、レスリング部の同級生に頼みスパーリングの練習にも参加させて貰った。4年生の時には、東京学生体重別の63kg級で優勝した。就職先は、父と同じ長崎県警に決まっていた。田舎に戻れば練習相手が限られると不安であったが、県警に入って1年目で全柔連の強化選手に指定され、年間数回の強化合宿に参加できるようになり、練習環境も整った。その後、約10年間強化選手として、毎年国際大会(世界選手権、アジア選手権など)に出場することが出来た。
その当時は、試合で勝つこと、只強くなることをのみを考え、ひたすら情熱を傾けた。好きなことをやっているので、毎日が楽しく充実していた。私の6歳下の弟(祐輔)も柔道をやっており、同じ高校・大学・県警と進んだ。私たち兄弟が子どもの頃(中学・高校時代)、父は警察学校の教官をしており、一家団欒時には柔道の話になり、「いかにすれば強くなるか。人生とはどうあるべきか」など、哲学的な教えを受けた。父にとっては、至福の時間であったと思う。現役時代は、モスクワ、ロサンゼルスオリンピック出場を目標にしたが、残念ながら夢の実現には至らなかった。しかし33歳まで、現役で国際大会に挑戦できたことに感謝している。
人生では、各年代によって目標は変化する。現役時代は短い。今の若い選手たちには、自分の具体的な目標を設定し、後悔しないよう全力を尽くして貰いたい。
指導者として
現役を終え、県警の監督・師範として後進の指導にあたった。また国際交流基金の派遣で、アフリカ諸国巡回指導(約1ヵ月間で5ヵ国、使節団4人)を3回、イタリア警察(約1年間、単独)の経験など、海外での柔道指導を経験することが出来た。40年前の30歳の頃、第1回目のアフリカ諸国巡回指導でケニアを訪れた際、前会長の本村氏が政府派遣の医療使節団として訪問されており、ケニア大使館で初めてお会いした。その時に本村氏が、私の父から医学生時代に柔道を教えて貰った(当時、父は警察学校の教官をしながら、外部指導で長崎大学の柔道師範であった)との話をされた。何かご縁を感じた。
私が海外指導を通じて感じたことは次の3点である。
・嘉納治五郎師範の偉大さを知った。嘉納師範が世界に柔道の価値(護身術、競技性、人づくり、人間教育)を自ら広められたことが、世界中に認められ浸透していること。
・諸外国では、一般人はもとより、警察、軍隊等で護身術と人づくりのために採用されていること。
・アフリカの発展途上国では、海外青年協力隊員が熱心に指導されており、現地の方から感謝されていること。
また、私が考える外国人の指導ポイントは、以下の通りである。
・言語の重要性。特に単身で柔道の指導時にはもとより、日常生活で交通手段、宿泊など手配時に重要性を感じた。英語は少し理解できるが、イタリア語は分からず、辞書を片手に対応した。今は、翻訳機があるので便利である。
・外国では、指導者は実力がないと認められない。日本では、昔実績があれば認められるが、外国では認められないため、練習場に赴く際は試合場に行く心境であった。投げて、抑えて実力を示す。受身は取らない。疲れたら体の回復を待って相手をすること。
・練習では厳しく指導してよいが、日常生活では、フランクに対応する。選手の自宅に誘われて、食事を御馳走になったが、特にイタリア人は、楽天的で人生の楽しみ方をよく知っていた。
以上の様な経験をさせていただき、その後は自信を持って指導にも熱が入った。現在は、警察を退職して、光仁会病院(前会長の本村氏経営)で、理事兼事務局長として勤務している。当院は人材育成の観点から柔道を採用しており、リハビリ棟に約100畳の道場が設置され、成人の柔道部、少年柔道クラブが活動している。成人女子には、昨年の全日本実業個人選手権大会57kg級で準優勝した瀬戸口栞南選手もいる。好きな柔道に携わることができ、感謝している。
県協会長として
全国、本県においても、少子化に伴う柔道人口の減少、コロナ禍での練習等の自粛、人間関係の希薄化など課題が山積している。これら諸問題に対して、柔道界では対策を講じているが、本県でも指導者の育成、安全指導の徹底、競技力の向上、保護者への啓発などを重点目標に、嘉納師範の教えである、「精力善用」「自他共栄」の精神を柔道修行を通じて高め合い、今後一層の充実発展に努力する所存である。
(長崎県柔道協会会長)
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