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今月のことば

2011年07月

一般大学の柔道について

宇野 博昌

 本年3月11日、東日本大震災が発生した時、業務で大阪にいた。震災の状況はテレビでしか窺い知れなかったが、余りの凄まじさに言葉を失った。被災者の皆様にお見舞い申し上げると同時に、一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げる。
 震災の翌日、京都武徳殿で京都大学主催の寝技錬成大会が行われ、国立七大学を中心とした11大学が参加し熱戦を繰り広げた。前日より入った東北大は柔道部員の親族の安否が確認できない状況でありながら、堂々とした試合を行っていた。彼らは試合後直ちに帰れず、京都に1週間ほど滞在せざるを得なかった由で、その間の精神的、肉体的ダメージに対してお見舞い申し上げる。
 この寝技錬成大会に参加した大学は、正直言ってあまり強くない柔道の一般大学である。強くはないが柔道に対する情熱は高く、多くは週6日の稽古を欠かさず、非常に激しい稽古を行っている。しかし、柔道の修行期間の短さや体格的なハンディキャップから、中々強豪校には太刀打ちできないのが現状である。
 これら一般大学の柔道状況を、筆者の母校である東京大学柔道部に例にご紹介したいと思う。
 東大柔道部は1887(明治20)年に発足したとされる。嘉納師範の母校でもあり、早い時期に柔道を始めたのは自然のことかも知れない。戦前は強豪として鳴らしたが、戦後は、強豪とは言えない状況になった。歴代、素晴らしい師範にご指導頂き稽古も一生懸命行っているが、前述の通り強豪校には太刀打ちできず、目標としている全日本学生柔道優勝大会出場も中々実現できていない。歴史的に戦前の高専柔道の流れを汲む全国七大学柔道優勝大会を最も大きな目標としており、伝統ある寝技技術を優先し寝技に力を入れている。
 柔道部員は、柔道はあまり強くないかも知れないが柔道を愛する気持ちは強く、特に寝技の話になると寝食を忘れる位で、生涯柔道を行っている者もおり、柔道に関連する人間関係は至極良好である。卒業後、柔道をやっていて良かったと思う最も大きな要因かも知れない。
 しかし問題がある。部員の減少である。戦後の早い時期は柔道部員の数も非常に多く、部活動としては隆盛を極めたが、その後部員数が低いレベルとなった。だいぶ前から徐々に柔道部員は減少を重ね、総じて少ない部員数で推移した。他の七大学のメンバー校でも部員減少が著しく、最近では15人で行う七大学大会にメンバーを揃えられないケースも出て来ている。寝技偏重の柔道が人気を呼ばなかったとも考えられたが、必ずしもそうではないようだ。柔道全体で減少が目立つ。
 東京大学にも柔道経験者が多く入学する。しかし、その一部しか柔道部に入部しない。受験を通り抜けると、柔道以外のものをやってみたいのか、柔道のような、きつい武道(スポーツ)はやりたくないということか。いずれにしても柔道の良さを承知してか承知せずにか、柔道をやらなくなることは残念である。大学で柔道をやると、大学時代が充実し友人もでき、柔道自体がより一層好きになるのだが、それが理解されていないようだ。一方で、大学に入ってから柔道を始める者もいる。白帯から始める部員は非常に貴重で、柔道部への活力を与えるのである。未経験の人が入部して柔道をするとなれば、柔道はそれなりに人を引き付けるところがあるのであろう。
 とすれば何が経験者から柔道を遠ざけているのだろうか。最も大きいのは、受験を勝ち抜いた後、新しい世界に入りたいという好奇心ではないかと思う。現在の世には情報が溢れ、面白そうなことが多くある。それをやってみたいと思うのは首肯できないものでもない。しかし一方で、運動会(他大学では体育会)柔道部ではなく、柔道同好会に所属している者もいるので、運動会での束縛が嫌なのかも知れないし、それが現在の若者の気質かも知れない。
 勿論、柔道部は入部勧誘を進めている。高校招待試合を行ったり、新入生歓迎茶話会を行ったり、あの手この手で勧誘を進めている。更に、危機感を募らせたOBが、東京大学に合格しそうな柔道部の高校生の勧誘を行い、部員獲得に力を入れている。この活動が奏功し、部員が若干ではあるが増加傾向にある。
 これらを通して感じることは、ルートさえ付けてやればある程度柔道を継続する可能性があるということである。しかし、勧誘だけに期待をすることは正鵠を得ていない。寧ろ、柔道の魅力を高めることが本質であろう。残念ながら、柔道はきつい、汚いと見られている点があり、柔道自体の魅力を減じているところがある。全ての柔道修行者が礼法を改善し、堂々たる柔道を展開すれば、元々柔道を通じて強くなりたい人も多く、もっと柔道に取り組む人が増えるのではないかと思う。
 最近話題になる柔道事故多発も柔道に取り組むことを阻害している一因であろう。筆者は事故防止説明会の講師の一人であるが、最近受講者が著しく増え、受講態度も真剣になって来たと思う。この気運が醸成され、事故が一件でも少なくなれば、それによって一部の柔道への誤解が氷解し、柔道に取り組む方が増えるのではないかと思う。
 柔道自体の更なる魅力の向上により、一般大学の柔道部員が増え、柔道の活動が活発になり、柔道のしっかりとした底辺を構築し、ひいては柔道人口の増加、隆盛をもたらすことを祈念して筆を擱きたい。

(全日本柔道連盟広報委員長)

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