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今月のことば

2020年3月号

天高し 吾が信念を 貫けり

藤村 利行


 平成30年6月、私は第9代公益財団法人和歌山県柔道連盟会長という大役をお引き受けすることになりました。そして着任と同時に会長の重責を痛感しているところであります。
 本連盟は昭和54(1979)年に、それまでの任意団体であった柔道連盟を発展的に解消し、財団法人和歌山県柔道連盟として発足、県下の柔道を統括する団体として、その責務遂行に努めてまいりました。
 平成26(2014)年4月から「新公益法人制度」に伴い、財団法人から公益財団法人へ移行、先達の築かれた意志を継承し、役員一同で柔道の普及・発展に傾注しているところです。
 振り返りますと、昭和46(1971)年「黒潮国体」開催に向けて、未だ勝利の味を知らない和歌山県柔道界が国体を制するという未知の壁に挑み、当時の仮谷志良第4代会長(後の和歌山県知事)陣頭指揮のもと、選手強化や施設整備に取り組みました。
 本県は企業も少なく、選手強化については教員を中心として数多く採用することとなりました。その選手たちの努力により和歌山県柔道チームは、県柔道史上初の国体柔道部門総合優勝を飾りました。この圧倒的勝利が引き金となって、全国有数の柔道強豪府県に仲間入りすることができました。国体終了後も選手のほとんどがそのまま指導者として定着。和歌山県柔道の「礎」となってくれました。その後も教員・高校生ともに全国的に相当の成果を挙げました。
 それから年月は流れ関係者の努力にもかかわらず、県民の期待に応えることが難しい状況になりました。この事態を解決すべく、再び柔道王国の復活を目指したいという熱い想いが役員・会員から沸き上がりました。その中心となったのが 藤村茂第6代会長であります。藤村茂会長は、和歌山県柔道連盟百年の大計として、「柔道と共に勉学をし、立派な人をめざす」という文武両道を理念とする大構想を掲げ、その基盤づくりのリーダーとして奔走されました。
 和歌山は南北に長い地理的条件から、中学生や高校生はもちろんのこと一般の柔道愛好家が一堂に会し練習に励むことがままならぬため、定期的・継続的な合同練習等を行うには宿泊設備を備え、手軽に利用できる施設が不可欠と考えました。そこで、連盟では独自に県下の拠点となる施設を建設すべく昭和60(1985)年に建設用地(230坪)を和歌山市中之島に取得しました。建設には多額の経費を要しましたが、財源の確保に奮闘し、日本自転車振興会・県・そして幅広く企業や個人の協力を得られることとなりました。施設の条件としては和歌山市の中心地であること、他郡市の中学生・高校生が駅から徒歩で来られることを重視しました。平成3(1991)年4月21日、柔道連盟総会において建設についての決議、平成4年4月19日に建設委員会の設置、同年7月29日に起工式を挙行し、そして平成5年5月9日に永年の想いが結集して竣工式を迎えました。
 鉄筋3階建て、1階に柔道場(260畳)、2階に事務室・合宿室・研修室、3階に指導者・留学生等の宿泊室を備え、施設名を「藤村茂記念柔道会館」としました。柔道会館建設以降は、中高生の強化練習、県警柔道特別訓練生の練習、企業や大学の合宿、少年柔道大会、進級審査会や昇段審査会、形講習会や指導者講習会、さらにはカナダ、インド、メキシコなど海外からの留学生の受け入れまで、子どもから大人まですべての年代が集う柔道の拠点となり今に至っています。
 また、和歌山県では県下の武道団体である柔道、剣道、空手道、弓道、相撲、銃剣道、なぎなた、少林寺拳法、合気道、日本拳法、武術太極拳の各団体が一致協力して「和歌山県武道振興会」を結成し、毎年のように演武大会を開催しています。互いの演武に接することで斯道への志を高め、国体をはじめ全国大会を目指して武道の水準を高め合うことを目的としたこの取り組みが県当局にも認められ、新たな施設として平成25(2013)年に「武道・体育センター和歌山ビッグウェーブ」が建てられました。そして平成27年にはここが「紀の国わかやま国体」の柔道会場となりました。
 「黒潮国体」の夢をもう一度。44年ぶりの開催に天皇杯獲得を目指して連盟も選手強化、大会運営等に取り組み若い力が躍動し、総合優勝はかなわなかったものの、第3位という好成績を残し、成功裡に終えることができました。その時の選手として高井洋平君が現役を引退していたにもかかわらず、持てる力を出し切って活躍してくれました。その後彼は和歌山県庁職員として本県に奉職をしています。
 今、いかにして柔道の普及を進め活性化していくかは重要な課題です。柔道人口の減少は全国的な問題として、関係者にとって深刻な問題です。例えば県内の高校に目を向けてみると、かつて県内公立高校は平成10年に39校あったものが、その後の学校再編や統合により平成30年には31校となりました。それに伴い柔道部のある高校が30校から現在18校まで激減し、しかも団体戦が組めない学校が半数という状況です。
 競技人口の減少には、様々な原因や課題があります。選択できるスポーツの多様化、中学校・高校の指導者不足、少年からの継続した指導体制の構築、魅力のある柔道指導等々。そんな中、近年中学生の活躍があり、中でも有田市立箕島中学校は、全国大会や国際大会で好成績を収めています。特筆すべきは平成29(2017)年度全国中学校大会40kg級、平成30年度全日本カデ体重別選手権大会40kg級、ポーランドカデ国際柔道大会44kg級において宮井杏選手が各々の大会で優勝。平成30年度全国中学校大会63kg級では中本真奈美選手が優勝、令和元年度全国中学校大会70kg超級で朝原寿天良選手が優勝と、全国中学校大会で3年連続優勝者を輩出するなど、その成果を発揮しています。
 しかしながら本県では、将来活躍が期待される選手が他府県に流出してしまうことも大きな課題となっています。
 今私は、歴代会長がつないできた和歌山県柔道のバトンをどう次世代に渡していけるのかを日々考えています。不易流行という言葉がありますが、世の中のあり方が変わっても、先達から受け継いでいくべきことがあり、社会情勢、またライフスタイルの変化に合わせて変わっていかなければならないこともあります。若い世代が知らないことを嘆くより、伝えていく努力をしなければならない。私が伝えていかねばならないと思うことは、嘉納師範の柔道創設に至った「精力善用・自他共栄」の精神であり、本来の柔道の技の理合いであると考えています。そのためには、試合を行うことはもちろん、形の修行にも時間を割き、柔道にとどまらず広く有識者から、哲学を学ぶ機会をつくろうと思います。その具体策の1例として、昨年末には先輩に講演を依頼し、多くの指導者を集めて学びの機会を持ちました。
 藤村茂第6代会長は、現役年齢を超えてからの方が強くなると率先垂範して自らの修行に励み、自身の生きざまを見せることで、常々柔道の理念を後進に伝えていました。また、藤村会長は「穂柔」という俳号で俳人としての活躍もあり、柔道会館建設時に「天高し 吾が信念を 貫けり」と色紙にしたためました。
 そのことを私自身の指針とし、柔道の普及発展に努めていきたいと思います。

                      (公益財団法人和歌山県柔道連盟会長)

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