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今月のことば

2015年8月号

平和な国際社会に貢献する柔道

川崎隆生

 

毎年7月、福岡市で開催している金鷲旗高校柔道大会は、来年で創設から100年を迎えます。大正5(1916)年に九州学生武道大会としてスタートし、参加校を福岡県内から九州、そして全国に広げてきました。今年も北は北海道、南は沖縄まで全国496校から参加申し込みを頂き、インターハイ、全国高校選手権と並ぶ高校柔道の三大大会と言われるまでになりました。共催の九州柔道協会をはじめ、関係者のご尽力のお陰と深く感謝しております。
 とはいえ、この100年間、毎年順調に大会を運営できたわけではありません。昭和18(1943)年から昭和28(1953)年まで10年間はまったく開催できませんでした。昭和20(1945)年までは国家存亡をかけた戦時体制下による休止であり、戦後は連合国による学校での武道教育禁止によるものでした。今ではいずれも信じられない理由による10年間の空白でした。
 戦後70年という節目を迎えた今年、嘉納治五郎師範が明治15(1882)年に武道としての柔道を創始し、わが国だけでなく世界各国で築いて来られた歴史を学び直し、平和な国際社会の構築と柔道の発展に地方の新聞社として微力ながら貢献したいと思っております。
 柔道界がこの数年に亘って実践している「改革」は、日本のスポーツ界にとって画期的な取り組みだと私は思います。例えば、これも福岡市で毎年4月に開催される全日本選抜体重別選手権の直後に開かれる強化委員会(世界選手権代表の選考会議)を、今年全日本柔道連盟がこの議論の過程を報道陣に公開したことです。
 男女それぞれの監督がコーチと協議して作成した原案をもとに、世界選手権の代表選考会でもある体重別選手権の結果を重視しながら、国内外で行われた他の大会の試合内容、実績、世界ランキングなどを加味して決定するプロセスを明らかにしました。最近の言い方で言えば「透明性の確保」でしょうが、簡単なようで、とても難しい決断だったと推察します。
 自分に置き換えて考えればすぐに分かります。新聞社にとって大事件が起きた時や重要な国際会議、オリンピック・パラリンピックなどの際、誰を現地に派遣するのかは重要な人事案件です。選考は、取材力、文章力、語学力、取材先とのコミュニケーション力、体力、気力などを総合的に判断しなければなりません。個人の長所、欠点が晒される訳で、責任部署の幹部が論議して決めます。その選考過程を社外はもちろん、社内でも当該部署以外に知らせることは、まずありません。
 国旗を背負って戦う世界選手権代表選考と派遣記者の指名とはあまりにも次元が違いますが、全柔連のオープンで公平、公正な姿勢は、今後、他の競技団体の代表選考方法にも「全柔連方式」として広がってゆくことを期待します。
 わが国が発祥地であり、しかも国際化の先陣を切ってきた柔道の歴史。それは過去の話ではなく、現在も世界各地で引き継がれ、未来にもつながっています。
 今年、国交正常化50周年を迎えた日本と韓国。政治的には厳しい対立が続いていますが、友好紙「釜山日報」に交換研修生として派遣した弊社の記者が、韓国人として安柄根さん(71kg級)と共に昭和59(1984)年のロサンゼルスオリンピックで初の金メダリストとなった河享柱さん(95kg級)をこの春、取材しました。タイトルは「半世紀の証言」。河さんは、ロサンゼルス大会の緒戦で右ひざ、準決勝で肩を痛めながら寝技に活路を見出して優勝しました。その思い出を語る一方で、4年後の地元ソウルオリンピックでは、決勝で当たるはずだった最大のライバル・須貝等選手と奇しくも2人とも緒戦で敗退してしまった無念と屈辱の記憶を率直に語ってくれました。
 ソウルオリンピックの翌年引退して日本に留学、同じロスオリンピック金メダリストの山下泰裕さん(現全柔連副会長)や故斉藤仁さんと交流を深めました。「韓国と日本は柔道では兄弟の関係。技術を高め合い、試合が終わればお互いを尊敬し合います」と語ってくれた河さん。昨年9月に釜山で開かれたロスオリンピック制覇30周年祝賀会には山下さんや須貝さんも駆けつけたそうです。
 もう1人。福岡県田川市出身で日本がボイコットした昭和55(1980)年のモスクワオリンピックの「幻の代表」香月清人さん。大阪府警の柔道師範として逮捕術を含めて1万人以上の警察官を指導し、今年3月に定年退職されました。中東やアフリカで教え、昨年はフランスでも畳に立たれたそうです。「自分が出場できなかったからこそ、夢の舞台の重みが分かる」と香月さん。第二の人生の目標としてオリンピック選手の育成を掲げておられます。
 こういう方々が形作ってきた「柔道山脈」を仰ぎ見るたびに、日本発祥の競技で唯一のオリンピック種目である柔道が、オリンピックの理念・平和な国際社会の構築に果す役割は大きいと改めて痛感しています。
(西日本新聞社代表取締役社長)

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