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今月のことば

2005年01月

年頭に当って

講道館長 嘉納 行光

平成十七年を迎え新春のお慶びを申し上げると共に、関係各位のご健勝と一層のご活躍を心から願って止まない。
 昨年も相変わらず国内外の状勢は様々の問題をはらみ、平和で安定した情況とは云い難く、加えて特に我が国では梅雨の頃から襲来した数度に及ぶ大規模な颱風や、中越大震災によって大きな災害に見舞われた多事多難の年であったと云えるであろう。
併し一方、柔道界に目を転ずれば、昨年は本来の柔道の姿の一端を鮮やかに世界に見せつけた年でもあった。
未だ記憶に新しい昨年八月アテネで開催されたオリンピックに於て、日本は柔道競技で金八個銀二個合計十個のメダルを獲得した。因みに金メダルについて云えば、合計十四個の中日本は半分以上を取った事となり、残り六個はそれぞれ一個ずつ六ヵ国に分散された内容となっている。この様な好成績は勿論大きな喜びであるが、それにも増して私が心から嬉しく思う事は、日本を代表する選手達が、礼節を重んじ一本取る技を駆使して大半を美事な一本勝で極め、本来の柔道の醍醐味を強烈に大衆の目にやきつかせた上で、あの様な立派な成績へと結実させた事である。
七日間の試合が終った後、我々はアテネの地に於てほっとすると共に、久々に爽かな満足感を味った。それと同時に私は十六年前の昭和六十三年、ソウルオリンピックで金一個しか取れなかった時の事をまざまざと思い出した。その翌年の本誌一月号の巻頭言で、私はその事に触れている。当時の情況を改めて思い起こす為に、少し長いがその部分を左記する。

『第二に、昨年十月ソウルで開催されたオリンピックの結果について、若干述べて見たい。女子に関しては、今回はデモンストレーションという事もあり、マスコミ等から事前に騒がれる事もなかったためか、日頃の努力が十分に報いられた好結果を招いた。男子については、柔道に対するマスコミ、世間の期待が大きかっただけに、総てが裏目に出た揚句の結果は、予想を遥かに下回る事となった。しかし、結果は結果として、私はこのソウル・オリンピックを目指して選手、コーチを始め関係者は最善を尽くして来たと思っている。寧ろ大切な事は、将来へ向かっての姿勢であると考える私は、今回のソウルでの結果について、マスコミや世間からかなりの批判を受け、辛い立場にある強化関係者によって開かれたオリンピック直後の強化委員会に、重大な関心を抱いた。活発な意見が開陳され、議論が交わされたが、その姿勢は立派なものであった。現在の世界の趨勢である本来の柔道からの逸脱は、柔道の魅力の喪失、更には柔道の世界的規模で衰退へ繋がるという基本認識に立って、本来の正しい柔道による技の一層の向上を第一とし、その上で逆境にも動じない不屈の精神力の養成、外国選手の研究等々今後実行に移すべき具体案が決定された。
国際試合審判ルールの問題、ポイント主義の横行、審判員の未熟等々、本来の柔道からの逸脱を助長して来た多くの要因の改善に、日本として当然IJFの場で努力を重ねるにしても、その実現迄に相当の時間を要する中で、正しい柔道に立脚し徹する事の困難にあえて挑むが如く、選手を育てる直後の関係者、特に若手の人々がソウルでの結果を貴重な体験として捉え、正しい柔道の基本認識に立って、将来の方向に正しい結論を導いた事に、私は限りない力強さと安堵の念を禁じ得ない』。

思えば十六年という年月は決して短いものではない。あの当時活躍した選手達も今や中堅指導者として重要な役割をになっている。そしてあの時の辛い体験をバネに、本来の柔道の基本理念に立脚した具体策を関係者一丸となって、地道に着実に実行して来た成果がアテネでようやく実を結んだと云えるであろう。アテネでは余り実感しなかったが、日本へ帰ってから日本選手の活躍ぶりに国中が沸き返った事を知った。直接柔道を知らない友人知人からも又行きつけの床屋の主人からさえも、すばらしかったですねと慶びと称質の声を受けた。大衆は正直なものである。良いものは良いものとして素直に反応する。その意味で多くの人々が本来の柔道の魅力に改めて共鳴し、柔道への関心が高まった事は事実である。
本年はカイロで世界選手権が、又三年後には北京で開催されるオリンピックが我々を待ちかまえている。これ等を含めて将来に向かっても、日本選手が国際舞台に於て美事な活躍をしてくれる事を、多くの人々は大きな期待をもって望んでいるであろう。併しこれだけ柔道が国際的に普及した現在、世界には体力に頼るだけでなく優れた技を有する選手が各国に散在している。アテネでの実績を維持して行く事は容易ではない。精神的な重圧も一段と強まるであろう。併し我々がソウルオリンピックの後、高い理想と目的を揚げ地道に着実に実施して来た事は、今回の結果に留まらず将来への道にも通ずるものである。おごる事なく辛い事にも耐えて、今後共一層の努力を重ねてもらいたいと思っている。
今年こそは平和で安定した年であって欲しいとは誰もが思っている事ではあるが、何かと好ましからざる事態が生ずるかも知れない。併し柔道界に関する限り、嘉納師範の理想とする本来の柔道の普及発展と云う大きな目的の為に、様々な分野でお互いに協力して本年も地道に着実に努力を続けて行きたいと願っている。

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