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今月のことば

2024年1月

令和6年、年頭所感

講道館長
上村春樹

講道館長 上村 春樹

令和6年を迎え、謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。

 講道館の柔道資料館には、勝海舟揮毫の書「無心而入自然之妙無為而窮変化之神(むしんにしてしぜんのみょうにいり むいにして、へんかのしんをきわむ)」があります。1894(明治27)年5月20日に行なわれた講道館下富坂道場の落成式で、嘉納師範は山下義韶五段(最終段位十段)と小田勝太郎三段を受にして形を披露されました。山下五段と演じられた形は起倒流の形に近い雰囲気のもので、小田三段との形は三つの技法を最初はゆっくりと動作、理合いを示し、次いで電光石火のごとく演じて妙味を示されたと伝えられています。来賓として出席していた勝海舟翁は、師範の妙技に深く感じ入り、この辞に顕して師範に贈られました。若い頃、直心影流剣術の修行に励まれていた海舟翁は、道は違えど師範が達せられた術の神髄を感取されたのだろうと思います。この書の扁額は講道館の柔道資料館に展示されていますので、是非ご覧頂きたいと思います。

無心にして自然の妙に入る

 嘉納師範は、『柔道』第1巻第3号(1930年6月)において、「道場における形乱取練習の目的を論ず」として「形にはいろいろの種類があって、その目的次第で練習すべき形が異なるべきである。」また、「その目指すところによって異なった形を選択せねばならぬ。今日は余り多くの種類はないが、形はどれほどでも殖やすことが出来るのであるから、将来は特殊の目的をもって行ういろいろの形が新たに出来ても良いはずである。」と講述されています。

 形の修行では、まず、カタチと手順を覚えることから入ります。次に、それぞれの技の崩し、作り、掛けや"間"などを考えます。形は繰り返し稽古することで、意識せずとも自然と技の理合いに適った動作をすることができるように作られています。

 皆さんが日頃行っている"技の打ち込み"も同じです。まず、その技のカタチを知り、次に相手の崩し方と技に入るまでの作りなどの動作を確認します。それを反復し、量をこなすことで、自然と理合いを身につけることが出来ます。この打ち込みで身につけた技をそれぞれの体力、体格、経験に応じて、組み手の位置や組み方、入る位置やタイミングなどに工夫を凝らしながら、かつ、前後左右に動きながら掛けるように練習することで乱取りや試合にも生かすことができるようになります。形と共に、乱取りで歩合を高め、さらに練度を上げることで、見ている人を魅了することが出来るのです。

 本年は、パリでオリンピックとパラリンピックが開催されます。パリでのオリンピック開催は1924(大正13)年に開かれてから100年ぶり3回目で、パラリンピックは、初めての開催です。コロナ禍で1年延期された東京2020オリンピック・パラリンピックから3年での開催であり、選手、関係者は通常と違うサイクルでこの大会を迎えることになります。フランスでは、スポーツへの関心が高く、中でも柔道は、教育的価値が認められた人気種目であり、小学校の体育科の授業に採用されるなど幼少期に経験する人が多いと聞いています。世界が注目するフランスでのオリンピック・パラリンピックに出場する選手には、それぞれの持ち味を生かし、心技体の限りを尽くした最高のパフォーマンスを発揮して欲しいと思います。

 私たちは、先達が築き上げた柔道に"こだわり"を持って取り組んでゆかなければなりません。柔道はどうあるべきか、どのように発展させてゆくべきかについて、競技として、教育として、そして、文化としての観点から、皆さんと議論してゆきたいと考えています。競技としては、試合審判規定の在り方も、それに基づいて検討しなければなりません。勝負において、いかに有効に攻撃・防御するかを追求した豊かな柔術技術を継承、完成させたのが講道館柔道の誇るべき技術体系です。これを後世に正しく継承するのは私たちの責務です。先ずは、「立ち姿勢で絞技・関節技を施すこと」、「帯より下に手をかけること」の見直しについて研究したいと考えています。もちろんこれらは理由と目的があって禁止されるに至ったものであり、単に元に戻して済むことではありません。その原因にしっかりと対応しつつ行なわなければならないのは言うまでもありません。また、「立ち姿勢、寝姿勢の判断の明確化」と、「立ち姿勢から寝姿勢へ、逆に寝姿勢から立ち姿勢へと移行する動作、そして移行後の対処」についてはっきりした指針を示さなければなりません。そのためには、適時、的確に「待て」をかけることも一つの有効な手段であると考えます。

 柔道の投技の中には、背負落のように相手を鋭く引き落とす技、払巻込のように自らの体を捨てて相手を巻き込んで倒れる技等があります。こういった技の稽古は、掛ける側よりもむしろ受ける側の力量が重要になります。経験が少なく、体もできあがっていない少年や初心者が、経験を積み、体も鍛え上げられている熟練者と同じ技、同じ掛け方をしてよいわけがありません。技にも学ぶ順序があります。1895(明治28)年制定、1922(大正11)年改訂の講道館五教の技の配列は、第一に"受身の容易な技"、第二に"掛け方が易しい技"、第三に"危険が少ない技"の 順に並べたと記録されています。現在100の技は分類別に配置されていますが、それらについても適切な指導方法を示してゆきたいと思います。

 嘉納師範は柔道の修行方法を形、乱取、講義、問答と示されました。問答は、双方の意見を交わす中で、互いに新たな気付きを実感し合う修行です。これまで国際柔道連盟(IJF)などで柔道の教育、普及や競技の活性化に携わっている方々と問答する機会がありました。私たちが当たり前だと思っていることでも、海外の方々にとっては"何故"ということが多々あります。このとき"昔からそうなっているんだ"は通用しません。"何故"に対しては、真摯に向き合い、難しいことでも簡潔に分かりやすく説明していきたいと考えています。

 大会、講習会をコロナ禍前のように開催することが出来るようになり、形の指導を主とする講道館柔道夏期講習会第一部にも、海外から多くの修行生が戻ってきました。また、ヨーロッパ柔道連盟の依頼で、スロベニアにおけるヨーロッパ形競技大会後、5年ぶりに海外で講道館形講習会を開催し、投の形と固の形の指導を行ないました。その他にもドイツ、オーストラリアなどにも指導員を派遣しました。国内外の形講習会への講師派遣について、今年もすでに多くの期待が寄せられています。

 嘉納師範生誕の日、10月28日には、IJFもWorld Judo Dayとして柔道で世界を繋げる活動が行なわれています。講道館でも2015(平成27)年から嘉納治五郎師範生誕祭として、様々な催しを開催してきました。昨年は「みんなで"かた"ろう 柔道の日」と銘打って、形、乱取、講義、問答による修行の実践を行ないました。本館では、投の形と投技の指導を行ない、その後テーマを設定してグループごとに意見を交換し合う"問答"のイベントを実施しました。老若男女、海外からの参加者も含めて、皆さんは積極的に意見を発表し、"気づきの時間"を楽しんでおられました。また、全国110の講道館段位推薦委託団体、海外16ヵ国の講道館コミティにも師範生誕祭の開催を呼びかけました。この機会を利用して相互の連携を図り、自他融和共栄を実感し合う日にしてゆきたいと思います。

 コロナ禍では、WEBが多用されました。そこでは、動画を流すだけでなく、見て分かりやすい映像、言葉による適切な説明が必要とされ、技術や知識を有効に伝えることを工夫しました。しかし、私達が目指す柔道を皆様にお伝えするには、やはり直接会って同じ空間と時間を共有する以上のことはありません。形や基本指導、審判講習等の「講道館講習会」や、東建コーポレーション株式会社の協賛のもと開催している「講道館青少年育成講習会」「道場訪問」等を継続して実施し、柔道の正しい普及と地域の柔道の活性化に努め、更なる充実を図りたいと思います。

 私たちは、師範が残された言葉や教えを学び、知識として受け入れてきましたが、今を生きるための知恵として、時にはそれを触媒にして、様々な課題を解決してゆかなければなりません。先達が築かれた講道館柔道の伝統を受け継ぎ、更なる歴史を積み重ねるべく、「精力善用」「自他共栄」の実践に努め、国内外に講道館柔道の精神とその本質を発信してゆく所存です。

 館員の皆様には、本年もご指導、ご支援、ご協力の程、よろしくお願いします。結びに今年が皆様にとって良い年になりますようお祈り申し上げます。

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