今月のことば
2022年3月
企画展『埼玉武術英名録』開催にあたって
村田章人
「埼玉県立歴史と民俗の博物館」では、2022(令和4)年3月19日から同年5月8日までの会期で、『埼玉武術英名録』という企画展を開催する運びとなりました。この企画展は、柔術・剣術を中心に、埼玉県ゆかりの武術諸流派や、歴史上に足跡を残した武芸者を紹介する展覧会です。本企画展の開催にあたり、講道館からは、嘉納治五郎師範や柔術・柔道に関する貴重な資料を多数ご出品いただく予定です。講道館の多大なるご協力に感謝を申し上げるとともに、貴重な誌面をお借りして、「埼玉県立歴史と民俗の博物館」及び本企画展の紹介をさせていただきたいと存じます。
当館は埼玉100年を記念して、大宮公園の一角に、前身である「埼玉県立博物館」として1971(昭和46)年に開館しました。その後、「埼玉県立民俗文化センター」と統合し、2006(平成18)年に「埼玉県立歴史と民俗の博物館」として再出発しました。昨年は埼玉150年であり、当館は開館50年を迎えています。
当館は埼玉県の歴史・民俗・美術工芸に関する資料を収集・保管・活用するとともに、総合的な調査研究を行い次世代に継承すること、調査研究の成果を展示公開・情報発信すること、また県民の学習活動や交流の場となることや県民各層の心豊かな暮らしと新たな文化の創造に寄与すること等を使命としています。さらに地域や学校との連携を深めながら、世代を超えてすべての人が楽しめる博物館となることを目指しています。
展示事業では、県内の歴史・民俗・美術工芸の分野を総合的に展示しています。約3万5千年前の旧石器時代から現代に至るまでの「埼玉における人々のくらしと文化」をメインテーマとした常設展示と、時宜に応じたテーマを設定し期間限定で展示を行う特別展・企画展等があります。今回紹介する『埼玉武術英名録』はこの企画展の一つとなります。教育普及事業には、まが玉づくりや藍染、江戸組紐づくり等多彩な体験メニュー、一般の方向けの講座や講演会等があります。学校との連携も当館の重要な事業の一つで、学校の団体見学受入れや学校への出前授業を積極的に行っています。これらの博物館事業には、ボランティアやミュージアムクルー等の地域の方々のサポートをいただきながら運営にあたっています。
「武術」を中心テーマとする展覧会は、当館50年の歴史の中でも初めての試みです。武術・武道は多様な価値を有していますが、日本の運動文化を体現する無形の文化遺産でもあります。企画展『埼玉武術英名録』では、主に埼玉県に関係する資料から、この貴重な文化遺産の歴史における様々な面にスポットをあてて紹介いたします。
本企画展は江戸時代の武術文化の紹介から始まります。日本の武術諸流派の成立は、主に室町時代以降のこととされています。戦国の世が終わりを告げて天下泰平の江戸時代になると、武術は徐々に実戦性を減じ、形式を重んじるようになったといわれています(いわゆる「華法化」)。一方で江戸時代中期には幕府によって武術が奨励され、数多くの新流派が生まれました。また従来の形稽古に対し、柔術では自由に技を掛け合う「乱捕(乱取)」が、剣術では竹刀・防具を用いて打ち合う「撃剣」が行われるようになり、これが現代の柔道・剣道にも継承されていきます。
江戸時代中期以降、埼玉県域でも道場を構えて本格的な武術指導を行う諸流派が登場します。柔術では気楽流、起倒流、真之神道流、剣術では甲源一刀流、神道無念流、柳剛流等が良く知られており、幕末にかけて多くの門人を輩出しました。その指導者・入門者には、武士だけではなく多くの農民がいたことも埼玉県域の特徴であったと指摘されています。
埼玉県ゆかりの武芸者の中には、武術のみならず、政治・社会等の分野に大きな影響を与えた人物もいました。また、これら武芸者と講道館とのつながりも大変深いものがあります。例えば、「日本資本主義の父」と称され、昨年はNHK大河ドラマの主人公として話題となり、また新一万円札の顔として注目されている渋沢栄一は、現在の埼玉県深谷市の出身です。渋沢自身も神道無念流等を修めた武芸者である上、講道館では長年役員を務めました。実業界での活躍は広く知られていますが、渋沢は教育や福祉、平和外交にも大きな足跡を残しました。その中で武道振興にも力を注いでいたのです。また、秩父郡長瀞町野上出身の柔術家である福田八之助の道場には、嘉納師範が入門し、福田から柔術の手ほどきを受けたということもよく知られています。
柔術・柔道関係では、講道館が所蔵する資料を多数ご出品いただきます。その他、秩父郡横瀬町の有形民俗文化財に指定されている「本橋家気楽流柔術資料」や、起倒流の伝書、岡部藩士梶並忍ゆかりの真之神道流柔術関係資料などを展示します。また、嘉納師範につきましては、秩父出身の剣道家で「剣聖」とも呼ばれた高野佐三郎との交流に関する資料も展示いたします。明治時代以降の武術の近代化を中心となって推進したのが嘉納師範であったことは申し上げるまでもありません。そして剣術の近代化を推し進めた中心人物の一人は、嘉納師範と交流のあった高野佐三郎です。ここでも武術の発展と講道館、埼玉県との深いゆかりを感じます。
博物館の展示は、様々な資料について調査研究を行い、資料が有している価値を明らかにして皆様に紹介するという側面があります。今回の企画展は、主に埼玉県に関するものを中心に、先人たちから私たちの手に伝えられた武術に関する資料のそれぞれの意味を解き明かしながら、本県の武術・武道の歴史を総合的に紹介する内容となっています。本展が開催されるこの機会に、多くの柔道関係者の方にもご来館、ご観覧いただき、日本の武術・武道の来し方、行く末に思いを馳せ、また埼玉県の歴史や文化により深い関心をお寄せいただければ幸いです。
(埼玉県立歴史と民俗の博物館館長)
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