HOME > 今月のことば > 2013年11月

今月のことば

2013年11月

視覚障害者と柔道

竹下義樹

 視覚障害者が古くから個人的に柔道を愛好していたという話はよく聞いていました。組織的には、1955(昭和30)年頃から盲学校を中心に行われるようになりました。1960年代までは、各地区の盲学校間で試合が行われていましたが、全国的な組織がなかったため、その活動は各地区に留まっていました。これに対し、既に1950年頃には、フランスやイギリスを中心としたヨーロッパの国々では、リハビリテーションという考えから「視覚障害者に最も適したスポーツ」として柔道が注目され、毎年のように国際大会が開催され始めました。
 我が国でも1986(昭和61)年に日本視覚障害者柔道連盟が設立され、その年に第1回全日本視覚障害者柔道大会が講道館で盛大に開催されました。1991(平成3)年からは女子の種目も加わりました。また、2008(平成20)年からは、全国視覚障害者学生柔道大会も開催されるようになり、本連盟の活動が全柔連や資金面でご支援をいただいている企業などのご支援ご指導により幅広いものとなってきました。この間、国際的には、ソウルからロンドンまでのパラリンピックに選手を派遣し、多くのメダリストを誕生させることができました。
 本連盟の設立目的は、「視覚障害者に対して、柔道の普及発展を促進する事業を行い、視覚障害者の社会参加と自立を図り、もって視覚障害者の人間形成に資すること」とされています。この目的達成のために現在も25名のボランティア役員を中心に、その具現化に向けて努力を積み重ねております。
 私も盲学校で柔道を始めた頃は「受身3年」とよく言われました。受身の重要性については言うまでもありませんが、実は視覚障害者にとって受身は、柔道だけでなく日常生活の中においても重要な役割を果しているのです。また、体捌きの練習や、全身を隅々まで機敏に動かす練習により反射的に防御体勢が取れるようになることは、いろいろな場面で突然の出来事に対応することにも役立ちます。視覚障害者は日常生活において、段差で躓いたり、溝などの窪みに落ちたり、階段から落ちる、障害物にぶつかるなど、数多くの危険に遭遇します。このような場面に遭遇したとき、受身を体で覚えていれば、怪我をせずに済んだり、大きな怪我につながらなかったりすることがよくあります。加えて体捌きの練習を欠かさず続けていれば、このようなときに自然に身をかわすなどの対応もできるようになります。
 柔道は、言うまでもなく受身から練習をします。先ず自分の身を守ることから教えられます。どのスポーツにも怪我の危険性はつきものですが、柔道はそれを最大限に防ぐところから練習をする点に、他のスポーツにはない特徴を持っています。このことは視覚に障害がある者が柔道をやる上で、大きなメリットとなります。場合によっては生命を守るような重要な役割を果すこともあります。例えば、階段を踏み外し転落したとき、無意識のうちに首をすくめ、体を丸くして転げ落ち、軽い擦り傷程度で済むことがあるのです。
 もう1つの利点は、相手と組み合って行うスポーツだということです。視覚に障害がある人のスポーツはいろいろありますが、障害に合った特別なルールを作ることが必要です。しかし、柔道は殆どルールを変えることなく、健常者と対等に行うことができます。さらに、畳の上という安全な場所で相手と組み合って行うスポーツなので、全身の力を十分に出しきることができます。
 このように視覚障害者にとって取り組みやすい柔道の練習を積み重ねていくことにより、次第に外出することもおっくうでなくなり、しかもどの道場においても健常者と対等に競技することができるようになります。このことから、柔道を通して自信がつき、積極性が増します。積極的に行動できるようになった方々は進んで社会に参加し、これまでにも多くの社会貢献をしてきました。
 しかし、最近、視覚障害者の柔道愛好家は徐々に減少傾向にあります。この要因はいろいろ考えられますが、その1つは「柔道は危険なスポーツである」という心理的な不安感が多くの人々に広まっていることです。特に視覚障害者関係の学校、施設等でその教育に携わる関係者や保護者の理解不足も重要な要因と考えられます。
 前述の通り、柔道は、相手の体を借りて練習や試合をすることから、思い遣りの精神が自然に養われ、心身共に成長させることのできる素晴らしいスポーツです。また、基本通りに段階を追って指導すれば、決して危険なスポーツではありません。
 これからも全柔連などのご指導を受け、より高いレベルの柔道を目指したいと思います。関係者の皆様には、視覚障害者柔道をご理解いただき、その普及により一層ご協力賜り、心身ともに逞しい視覚障害者の柔道愛好家を1人でも多く育てていきたいと強く望む次第です。

(特定非営利活動法人 日本視覚障害者柔道連盟会長)

最新記事