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今月のことば

2012年03月

これからの柔道指導者に期待する

吉 田 忠 征

 昨年の12月28日、各新聞紙上の社会面に、柔道指導者の事柄に関する2件の記事が掲載された。一つは中学校柔道部顧問Aの掛けた技が「暴行」にあたるとし、被害にあった当時の中学校柔道部員と両親が、Aと中学校管轄自治体を相手に、1億8600万円の損害賠償を求めた裁判に判決が下されたことである。判決は、管轄する市・県に対し、8900万円の支払いを命じたものであった。この教員Aは、部活動の練習中、投技や絞技を繰り返し掛け、技を施された中学生は急性硬膜下血腫を引き起こし、結果的に記憶障害などの後遺症が残ることになってしまったのである。ただ、判決では教員Aの責任は問われなかったが、事故の発生した7年前からの報道を見聞すると、その指導内容には相当の疑問が感じられるものであった。
 もう一つは、かつての有名選手だったBの起こした行為に対し、東京地検が、地裁に起訴したことを伝える記事であり、遡って12月7日のB容疑者逮捕からこの一連の報道は、柔道関係者のみならず、全国津々浦々の柔道ファンの期待を大きく裏切る、かつてない衝撃的な事件であった。今回の記事は検察の起訴ということなので、今後の裁判の行方が注目される。
 この2件とも、柔道指導者の資質に起因する不祥事であり、この出来事の裏には、心身を深く傷つけられた被害者がおり、その被害者が柔道を修行することで人生の目標を見出そうとしていた、将来ある若き柔道修行者であることを思うと一層痛ましい。
 日本、あるいは世界のトップを極めた選手は、自分を目標とし、日夜努力を続けている数え切れないほどの少年少女がいることを忘れてはならない。全国北から南まで、寝食を忘れ日夜青少年育成のため頑張っている柔道指導者のためにもである。 
 わが国には、真摯な態度で学んでいる多くの柔道少年少女たちが存在する。彼らの中には有名選手を目指して頑張っている者もいる。選手としての実績を上げ、世界のトップに躍り出たとき、「今後、多くのちびっ子柔道家の注目を浴び目標になることへの自覚、軽はずみな言動を慎み、他の柔道選手の模範になること」等を、常に頭に置くことが重要であろう。これらの自覚は、柔道修行の過程で自然に身に付いてこなければならないことであるが、技術だけの探求に明け暮れ、その辺りの意識が不足している若い選手に対しては、周りにいる指導者が常日頃から適切なアドバイスを与える必要も生じよう。
 新年の日本オリンピック委員会会議の席上で、上村春樹全柔連会長が今回の不祥事について陳謝したことが、ニュースで取り上げられていた。柔道競技団体の最高責任者として至極当然のことであると同時に、敢えてこの不祥事の言及を避けることなく、謝罪の言葉を発した英断には、全国の柔道指導者全体の気持ちを代弁していただけたものとお礼を申し上げたい。
 奇しくも全柔連は、昨年4月22日の全国理事会・評議員会で承認された「柔道指導者資格付与制度」のスタートを決め(正式には平成25年度から)、各都道府県においては、その移行措置のため「指導者講習会」の開催を始めたばかりであった。この制度は、平成2年に制定された「公認審判員制度」に次ぐ柔道界にとっては大きな変革と言えよう。
 一方、日本傳講道館柔道には段位制度が存在する。段位は柔道技量の到達度や修行年数に重きが置かれ、高段位になるにつれ柔道の普及発展に尽くした功績等も加味されてくる。また、昇段の候補者足るべき要素として修行者の品性と言った言葉が最初に掲げられているが、これとて測る物差しを探すのが極めて難しく、「指導者資格」と共通する点はあっても異なるものかもしれない。
 さて、現在行われている移行措置の中での「指導者講習会」は、柔道の安全指導と初心者指導がその中心で、1日または2日間という限られた時間で行われ、中身の濃い講習内容となっているが、到底、その受講だけでは指導者足る資格を得ることは難しい。今後、それぞれの指導者が様々な機会をとらえ、自己研鑽に身を置いてほしいと願っている。柔道登録人口がはるかに多いフランスの指導者資格は、厳しい国家資格に位置づけされていると聞く。一方、ある競技では、グレードごとに1週間以上の缶詰合宿で知識・技能を叩き込まれ、最終的に資格試験にパスしなければ合格できない指導者資格も存在する。これからの柔道指導者資格制度が、保護者や一般社会からも広く認知され、社会的評価が高まるようになることを期待している。
 この指導者資格制度は、公認審判員制度とは、本来、趣を異にするものである。審判員資格は審判知識・技能を高め、平等な条件のもと公正な判断力が求められるものである。それに対して指導者とは、生理的・心理的知識を有し、個々の児童・生徒・選手の特性を見極め、その子に応じた適切な指導法により、その才能を最大限に引き出してやらねばならない。もちろん健康・安全を最優先することは言うまでもないことだが、指導を受けている者に対し、心に残る言葉や模範となる行動を示し、大きな信頼を得なければならない重い責任と大きな覚悟が必要となってくる。ひいてはその言動が、教えを受けた人間のその後の人生に大きな影響を与える場合もあるだろう。
これからの指導者講習会では、知識・技能の習得はもちろんであるが、「柔道指導者はどうあるべきか」をテーマとし、理想の指導者像を 求めて、受講者によるグループディスカッションを是非取り入れてほしいものである。このような内容を論議したことがあるか否かで、指導者の意識は相当変わるのではないかと期待できるからである。
 終わりに、全国の柔道指導者が今一度、胸に手を当て復唱していただきたい文章がある。平成22年5月15日、柔道ルネッサンスフォーラムで採択された、「柔道ルネッサンス宣言2010」の4つの項目のうちの2つをここに掲げてみる。

一.指導者自らが襟を正し、「己を完成し、世を補益する」ことを実践します。
一.美しい礼、正しいマナーで、品格ある柔道人になり、育てます。

(栃木県柔道連盟会長)

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