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今月のことば

2021年5月

子どもたちのために、今できることを

藤田弘明


 コロナ、コロナである。新型コロナウイルス感染症は、ワクチン接種が始まったものの未だ収束が見通せない。日常生活だけでなく、社会基盤をも揺さぶる未曽有の事態が1年以上も続いている。東京オリンピック・パラリンピックは史上初の延期が決まり、2度目の緊急事態宣言も発出された。我慢、我慢の日々は気が滅入る。
 前を向くのも難しい状況は、子どもたちも同じだ。いや、辛さは大人以上だろう。学校に行けない期間もあった。教室の様相は一変し、遊びも制限される。道場では稽古ができず、大会は中止になり試合ができない。徐々に感染防止策を取りながらの稽古、トレーニングはできるようになったものの、まだまだ制約は多い。
 このままではいけない。試合は記憶に残り、成長の糧である。皆さんも自身が歩んできた道を振り返れば理解していただけるだろう。日々の鍛錬の成果を試したり、披露したりする舞台がなくなったのだ。少子化が進む中、柔道の楽しさを体得する場が失われたままの状況が続けば、競技人口減少に拍車を掛けかねない。その危機感は日ごとに大きくなっている。子どもたちが安心して柔道ができるように環境を整え、提供するのは大人の責務だと考える。
 福岡県柔道協会は、競技力向上と青少年の健全育成を目指して創設した「福岡柔道クラブ」で小学5、6年生を、学校と学年の垣根を越えて指導している。東京オリンピック女子78kg超級代表の素根輝選手をはじめ、佐藤瑠香選手や古賀若菜選手らが世界へ羽ばたいた育成システムだ。毎年、約70人の強化選手を選抜しているが、昨年は試合ができず、6年生は5年生の強化選手の持ち上がりとし、5年生の選抜は見送らざるを得なかった。「小学生の大会を全く開催できていない」「このままでいいのか」「子どもたちのために何かしてあげよう」、そんな反省と決意の入り交じった声が昨秋、福岡柔道クラブの育成委員会で上がり、12月の試合開催を決めた。
 協議を重ねては準備を進め、年末の12月27日に福岡市の福岡武道館で小学6年生の体重別個人戦を開催した。会場で見た子どもたちの輝く瞳が忘れられない。「楽しかった」と仲間同士で試合を振り返る姿に、一丸となって取り組んだ協会員と何度もうなずいた。
 改めて感じたのが、諦めるのではなく、現状でできることを考え、実行して前へ進む大切さである。その信念は、試合の心構えにも通じる。子どもたちに負けるわけにはいかない。
 全日本柔道連盟(全柔連)のガイドラインに従い、医療関係者とも連携して「最小限の人数」「消毒」「試合時以外のマスク着用」「事前の健康チェック」の徹底を確認し、開催への道を模索した。当初は福岡柔道クラブの強化対象である小学5、6年生の大会を目指していたが、コロナ禍で会場の入場者数にも制限があるため、5年生の参加は断念した。感染防止策の具体化を進めながら福岡県内の各道場へ参加案内を送ると、男子121人、女子44人のエントリーがあった。予想以上の反響の大きさに手応えを感じると共に、さらに気持ちを引き締めて工夫と試行錯誤を重ねた。
 県内各地からの送迎もあるため、出場する選手1人に対し保護者は1人、道場の指導者も監督とコーチ1人ずつとし、審判などの関係者も最小限にして会場に入る人数を絞った。選手はマスクをして直近2週間の体温や体調を記した健康チェックシートを提出し、検温と手の消毒をして会場内へ。開会式と閉会式は行わず、試合は男女を分けて女子、男子の順で実施。女子が試合をしている間、男子は2階の観客席で距離を取って待機するなど、密になるのを防いだ。それまで試合ができなかった子どもたちは嬉々として畳に上がって奮闘。終了後は速やかに帰路についた。心配された体調不良者は皆無で、試合をできた喜びの声が協会に寄せられた。
 年が明けて1月からは、福岡柔道クラブの強化選手を中心とする合宿と練習会を再開した。協力関係にある福岡県宗像市のスポーツ総合施設であるグローバルアリーナで6年生の希望者約20人が参加し汗を流している。保護者の来場は控えてもらい、指導者も最小限とした。12月の試合で効果が実証された感染防止策に加え、時間を従来の約半分となる1時間半で午前中に終了し、練習メニューはトレーニングや体操を主にしている。道場や家庭で1人でもできるように、やり方と効果も分かりやすく教える。道場はまだ、休止中のところも多い。打込と乱取は控えめで、物足りなさもあるだろうが、子どもたちの表情は明るい。2月には高体連と共催して3月の全国高校選手権の男女無差別の福岡県代表を決める個人戦を実施した。
 全柔連も全国大会と海外での国際大会への選手派遣を再開した。昨年は延期となり、千葉市での講道館杯全日本体重別選手権と兼ねた全日本選抜体重別選手権は福岡市へ戻し、無観客ながら4月3、4日に福岡国際センターで開催予定である。立ち止まることなく前へ進む姿を示しているのは心強い。
 日本が主導して試験的に開催された体操の国際大会、徹底した感染対策が注目され、女子で大坂なおみ選手が優勝したテニスの全豪オープンなど、各競技で大会が開かれるようになった。その試行錯誤が、今夏の東京オリンピック・パラリンピック開催につながると確信する。東京オリンピックの柔道代表となった男女14人には難しい調整が続くが、畳に上がるまでの試練もまた試合の一部である。夢舞台の結果だけでなく、その過程でも我々を、日本を勇気づけてほしい。
 顧みると、柔道との邂逅に感謝の思いでいっぱいだ。柔道を志して70年。それぞれの修行の目標は異なるが、自分なりに全力で取り組んできた。逆境でも諦めない強い精神力、人に迷惑を掛けない自立した人間形成。柔道を通して教わったことが、人生を切り開く原動力となった。子どもたちが稽古に励み、試合ができるよう環境を整えるのも、柔道への恩返しの1つ。福岡柔道クラブの新年度の強化選手選考、苦境にある地域道場の救済、福岡県の取り組みを九州全体へ広げるなど、やるべきことは山積し、立ち止まっている時間はない。単なるスポーツではない柔道の素晴らしさをかみしめながら外出を控え、マスクと消毒が欠かせないコロナ禍の生活に耐え、知恵を出し合っていこう。
                    (九州柔道協会会長・福岡県柔道協会会長)

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