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今月のことば

2020年12月

沖縄県柔道連盟創立65周年にあたって

西浜 良光


 平成31(2019)年4月、沖縄県柔道連盟会長に就任致しました。全身全霊を尽くし、重責を全うして参りたいと思っておりますので、ご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
 令和2(2020)年度、本県は国民体育大会、第40回九州ブロック大会、九州高等学校新人柔道大会などの開催を控え、沖縄尚学高校柔道部を中心にチームを編成し、強化を進めていたところでした。しかし、世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルスの感染拡大で、県高校総体をはじめ、本国体、九州ブロック大会も中止になりました。全国、九州においても上位入賞が期待できる選手が多くいる中での中止は誠に残念ですが、今はただ1日も早いコロナ禍の終息を願って止みません。
 さて、本県の柔道史を繙ひもとくと、大正11(1922)年に、講道館から派遣された木村義雄氏や県立第一中学校柔道教師の岩渕信氏等が中心となり、沖縄県講道館有段者会が設立されたことに端を発します。昭和20(1945)年、終戦となって占領軍からの武道禁止令が発令されている中、同年に沖縄では警察学校が開校されたのを機会として在沖米軍の配慮と理解によって柔道及び空手道が教養科目として採用されました。昭和21(1946)年7月4日の米国独立記念日には、米軍主催による戦後初めての柔道、空手道、ボクシング等の試合が開催され、沖縄側からも多くの選手が出場し、柔道の形や試合を行い大好評を博しました。
 昭和24(1949)年3月には、沖縄県柔道連盟の母体となる沖縄県柔道協会が設立され、昭和25(1950)年3月に沖縄県体育協会に加盟、昭和 28(1953)年に沖縄県柔道連盟に改称されました。昭和47(1972)年5月15日の沖縄の本土復帰を以て、沖縄県柔道連盟は、全日本柔道連盟に正式加盟しました。  本土復帰以降、本県連盟は幾多の困難や障害を乗り越えて、県外大会へ選手、審判員、役員等の派遣を行ってきました。同時に、講道館、全日本柔道連盟、九州柔道協会等から指導者やコ―チを招聘して講習会を開催し、また九州高等学校柔道錬成大会の開催や本土大学の合宿を招致するなど、数々の強化策を行い、技術の向上を図ってきました。
 その成果として、昭和48(1973)年5月に本県で開催された若夏国体では、一般の部、高校の部共に3位入賞を果しました。また昭和60(1985)年10月に開催された第40回国民体育大会(鳥取)では、少年男子が準優勝、昭和62(1987)年に本県開催の第42回国民体育大会(海邦国体)では、少年の部の活躍で総合7位、天皇杯得点5点を獲得し、沖縄県の総合優勝に貢献しました。
 平成2(1990)年の全国高校総合体育大会では、眞喜志慶治選手(沖縄尚学)が個人戦重量級で優勝、更に翌年(1991)の全国高等学校柔道選手権大会において沖縄尚学高等学校が団体優勝を果し、本県柔道界の永年の夢が成し遂げられました。それは、柔道を志す青少年はもとより、県民にも自信と希望を与えてくれた出来事でした。またもう1つの懸案であった全日本柔道選手権大会への出場は、平成2(1990)年に上原力選手(県警察)、平成3(1991)年に新垣修選手(県警察)が出場を果してくれました。その後も本県出身者で眞喜志慶治選手(講道館)、七戸龍選手(九州電力)、加藤博剛選手(千葉県警)、池田ひとみ選手(自衛隊体育学校)らが出場し活躍しています。
 近年の普及状況を見ますと、町道場が減少傾向にあるため、本県では警察署等の道場を活用し、それぞれの地域の指導者が少年の育成や強化に携わっています。全国的にも柔道人口の減少が問題となっていますが、特に子どもたちを取り巻く環境は激変しています。柔道人口については、他のスポーツ種目の普及・発展の影響を受けていることも事実です。子どもたちが柔道に長く親しむことのできる指導方法の確立は重要な課題と考えます。今や世界中で普及・発展を遂げている柔道は、勝負の面白さをはじめ、人づくりの魅力があります。強くなりたい、逞しくなりたい、楽しい柔道がしたい、日本の伝統的な運動文化に教養として触れてみたい、体力をつけたい、礼儀作法を身につけさせたい、こうした価値観を1つに束ねることは難しいことです。従って、指導者は熱い情熱と変革を望む柔らかな精神、さらにその文化や教育の側面を理解し、幅広い知識や知見を持って個々人に相応した指導に心掛けることが求められています。
 本県の抱えている課題の1つとして、指導者不足が挙げられます。柔道の底辺拡大、あるいは選手発掘の面においても、学校関係者の役割が大きいと考えられ、中学校・高等学校の現場に柔道専門の指導者をいかに確保し、またその充実を図るかが大切であると思います。高体連、中体連、少年柔道クラブ、連盟が一丸となって打開策を検討し、関係機関とも連携を取りながら諸課題の解決に向け、行政側にも積極的に働きかけたいと考えております。
 結びになりますが、本県の選手たちが、国内外を問わず活躍してくれることを期待し、本連盟ではその土台づくりとして柔道修行者の底辺拡大と競技力の向上を目指すことを使命として取り組みたいと思っています。
                          (沖縄県柔道連盟会長)

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