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今月のことば

2008年09月

「文武両道」私見

佐藤 宣践

 毎年、当大学体育学部武道学科(柔・剣道)の新入生が入って来ると自己紹介の折、80〜90パーセントの学生が「私は文武両道を目指して頑張ります」と言う。そもそも文武両道とは鎌倉時代、侍が政権を担当した時代に、侍の中から出て来た言葉だという。
 侍とは「寺にさぶろう人」と書き、「さぶろう」が「さむらい」になった言葉である。つまり侍とは寺や荘園の用心棒だったのである。その侍達が政権を担当するようになって、武だけでは政権を維持できなくなり文の必要性を強く感じ「文武両道」の思想が生まれたのである。
 さて、「文武両道を目指して頑張ります」という新入生の実態を見れば、年々初等教育不足が感じられる。特にスポーツ推薦で入ってくる学生に顕著に現れている。この傾向は、他大学でも同様だという。つまり初等教育での基礎学力(読み、書き、そろばん)が不足し、授業中すぐに眠ってしまうなど受講態度が躾られていない。現在、スポーツ推薦制度の発展により、柔道が強ければ希望する高校・大学にはストレートで入学が可能な仕組みになっている。されど、基礎学力不足から大学四年間で卒業単位修得不足の学生が多数現れているという。とても困った現象である。文武両道は高学年(専門的)になればなるほど難しいが、武のグループは常に文の必要性を持つことが必要と思うし、文のグループは行動体力の必要性を生涯に亘って持つことが必要と思う。その為には初等教育時代(小・中学生)の指導者の役割は大きいと考える。
 私は、学生達に「我々は侍のグループである。柔道において日本一、世界一を目指す我々の文武両道は、まず、大学において自力卒業、平均点を取ること。その為には人の話を聞きなさい。大学四年間で読書の興しろさと必要性を知る為に好きな本を読みなさい。時代の流れをつかむ習慣として新聞を読みなさい」と指導している。
 柔道は野球、サッカー、テニス、相撲、ボクシング等と違いプロスポーツとして興業しにくい競技である。K?1、プライド等、総合格闘技はあるが、あくまでも柔道出身者が他の格闘技をやっているにすぎない。それゆえに柔道選手は現役生活が終わったあと、社会の中でいかに活躍できるかを常に考えておかねばならない。井上康生もつい先日三十歳で現役生活を引退した。彼はかねてからの計画通り、来年一月から二年間JOCの派遣で英国へ英語研修を軸に留学することが決定している。指導者を目指す彼にとって国際的に活躍する為には、英語は必需品である。大学・大学院(修士・博士)時代を通して彼には文の大切さを指導して来た。彼には柔道に取り組んだ様に死に物狂いで英語に取り組んで来いと指導している。
 かつて山下泰裕が一年間英国で英語研修をしたように、彼もまた猛勉強してくるであろうことを期待している。
 指導者としていつの時代も(小中学であろうが、大学であろうが)まず目先の勝負に勝ちたい、という気持ちは良く分かる。されど、学年が低くなればなるほど、つまり小学生で文武の必要性を知る人はほとんどいない。文武の必要性をバランス良く教えるのも指導者の大きな役割であると考える。

(全日本柔道連盟副会長・全日本学生柔道連盟会長・東海大学教授)

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