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今月のことば

2022年5月

新型コロナ禍中の夏と冬 二つのオリンピック

火箱保之


 1年延期された2020東京オリンピック・パラリンピックを2021年の夏に、2022年の冬に北京オリンピック・パラリンピックという大イベントを2年連続で楽しめたことは大きな喜びであり、この上ない幸運でした。2つの大会は新型コロナ感染症が拡大している不安な状況で開催されましたが、大過なく終了出来たことは、ボランティアをはじめ重要な任務を献身的に遂行した関係者の協力が何よりの力でした。東京オリンピック・パラリンピック開催の賛否には、国内の世論も高まり、国と東京都は威信と責任を懸け開催を決断しました。国はワクチン接種の遅れを挽回し、安全に実施できる環境を整備し万全を期して推進しました。もし中止していたならば、開催を誘致した責任を問われ、国際社会における日本の信用、信頼はどの様になっていたことでしょう。何よりも選手たちが長年懸けて会得した技量を発揮する場が提供できたことは喜ばしく、選手たちがモチベーションを維持されたことには最大の敬意を払いたいと思います。さらに、無観客という誰もが未経験の場で選手たちは見事なパフォーマンスを発揮し、彼らの競技に向き合う姿を見た私たち観客は、静寂の中、音による相乗効果もあり、競技そのものを深く理解できました。やり切った選手たちの試合後のインタビュー等では、全ての選手が開催実現に感謝を伝えており、それらは選手たちをサポートした関係者にとっては何よりの労いの言葉だと思いました。日本開催は観戦に良い時間帯に多くの競技を目にすることができました。中でもパラリンピック競技のアスリートたちの躍動は、人間の無限の可能性を示してくれました。ある爬虫類の動きを参考にトレーニングに取り組んだといわれる水泳選手の泳ぎには驚嘆しました。動物である人間の身体能力を追求する科学的手法は益々進化することが予想され、期待できるでしょう。柔道競技では結果に対する選手たちの態度に日本柔道の伝統の精神が体現されていると感じました。称賛、祝福のメッセージを多くの方々からいただき、嬉しさと共に誇らしくもありました。
 また、柔道の技にこれまでと違う傾向を感じました。特に外国の最重量級男子選手に担ぎ技系統の攻防が顕著であり、軽量級クラス並みの俊敏な足技の応酬等が特徴的でした。これは世界各地で頻繁に行われている国際大会で、同じ様な体格、体型選手との対戦の中から必然的に習得されたと考えられます。それらのことに対応しての日本最重量級男子の復活を強く望みます。現強化方針にも男子最重量級強化を課題として掲げていましたので今後注目していきたいと思います。一方、2022年3月8日に全国少年柔道競技会中央委員会が「少年期の正しい柔道を目指して」の提言を発出しました。柔道の理念に基づいた方向性を示したものと理解し賛同します。普及の一環として視覚障害者柔道の「組み合ってから始める」ことを少年規定に取り入れることを提案します。中学生まではルールの中に取り入れて浸透させていくのも一つの方法ではないかと思います。組み合うことで間合いが近くなり、手首、肘、肩等の所謂「かいな」の使い方等を覚え、腰、膝の開きから防御に対応する「体捌き」の習得が期待できます。
 国際柔道連盟は2021年12月30日に2024年パリオリンピックまで適用される新ルールを発表しました。今回のオリンピックの反省も含めて、12項目について変更を加えています。全体的には望ましい方向の改正だと評価します。全ての項目についての指摘は控えますが、技の連続性重視、「技あり」判定の厳格化、危険な技として「逆背負投」の禁止等には講道館柔道への回帰を期待しています。髪、服装の乱れを正す等の遅延行為にも歯止めをかけ、無駄な時間を減少させて、スムーズでスピーディーな試合進行は望ましいと思います。ただ各状況を的確に判断する優秀な審判員の目と併せてビデオによる検証が重要な役割となるでしょう。
 北京オリンピックでは、雪と氷の上をソリやブレードで滑る、風を受けて鳥のように空中を飛ぶ、高く跳ね上がる等の非日常的な動きの中に爽快感を感じました。日本選手団は冬季オリンピック史上最多の18個のメダルを獲得しました。新しい競技においては、勝利と共に選手間の友情や共感を素直に喜び合うシーンが多く見られました。お互いが未知の領域を開発して新しい技を探し求めているという感じなのでしょうか。微笑ましくもありスポーツの楽しさとはこういうものなのだと気付かせてもくれました。歓喜の一方、悲運という場面も多々ありました。陸上競技のリレーのバトンミスと同じように、氷や雪上で瞬時の転倒は激しい競い合いの中では避けられないことかもしれません。ルール上の判断はビデオ検証で判定されますが、服装や用具の規定違反は、形状等が可視化されないために見解の相違が原因という報道だけで終わりました。依然として消滅しないのがドーピング疑惑です。近年、競技者は低年齢化傾向にあり、また、競技毎に最適齢期に差異があります。今回の疑惑では年齢が「要保護者」対象となり出場が認められました。オリンピック選手であれば年齢に関係なく自身の違反行為には倫理観を伴った自覚が望まれます。競技によっては出場年齢制限を引き上げる案も浮上しています。スポーツ庁長官が2022年3月17日の毎日新聞朝刊に「フェアこそオリンピックの真価」という内容で冬季オリンピックのドーピング疑惑についてインタビュー形式の記事を載せています。スポーツが与える影響力は万人に及ぶものであります。社会的な意義を提示し、文化としての価値を高めていかなければなりません。フェアとは正反対のドーピング汚染はスポーツ界に突き付けられた課題であります。2つのオリンピックはスポーツの華やかな面と、その裏にある負の側面をも映し出しました。コロナ禍の悪条件が重なったとはいえ、全世界が一堂に会し、同時期に全競技を開催するオリンピックの理念にも疑問を呈する世評もあり、スポーツの価値を再考する良い機会でした。
                     (京都府柔道連盟会長)

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