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今月のことば

2012年12月

「講道館柔道資料館」から学ぶ

阿南惟正

 本年(2012年)4月に公益法人化した、講道館の定款の冒頭、第1章総則の中の第3条目的には、「本財団は、講道館柔道を指導研究教授して、その普及振興を図り、以て国民就中青少年の心身鍛練に資することを目的とする」とうたっている。折しも、今年から中学校で武道が必修となり、柔道も広く普及する機会に恵まれた。柔道の総本山としての講道館の使命は、ますます重く、柔道の技術の指導と共に、国内に広く普及・振興することに努めなければならない。
 その意味で、講道館柔道資料館の存在は、極めて貴重なものである。柔道を志す者、特に指導にあたる人は、是非、講道館新館の2階にある資料館に足を運び、柔道の歴史と伝統を通して、その本来の精神を学び取って欲しい。
 ご存じの方も多いと思うが、柔道資料館は、資料展示室、殿堂、師範室から成っている。
 資料展示室は、明治15年、下谷永昌寺で講道館が発足して以来の歩みを、具体的に示す貴重な資料で満たされており、130年にわたる伝統の重みを感じさせる。
 講道館入門誓文帳、入門規則草案、紅白勝負規則。更に嘉納師範の苦心の研究の事跡として、形に関する直筆メモや天神眞楊流、起倒流等柔術諸流の伝書、更に英文のレスリング規程等、柔道を確立して行くための探究と苦心を偲ばせる資料が陳列されている。
 中でも注目されるのは、入門帳である。明治15年6月入門の山田常次郎(改姓して富田)を筆頭に、嘉納門下の逸材の名前が並ぶ。志田四郎(改姓して西郷)は7人目、山下義韶(最初の十段)は19人目、南郷次郎(講道館第二代館長)は24人目である。
 富士見町時代の道場の写真、下富坂道場の平面図、加えてその道場開きに列席し、柔道の技を見て感動した勝海舟が書いた「無心而入自然之妙、無為而窮変化之神」の額、立花種恭学習院長の「講道館」の扁額も、歴史を生き生きと物語っている。
 殿堂は、山下義韶、永岡秀一に始まり、小谷澄之に至る12人の十段の写真と経歴、加えて、徳三宝九段、横山作次郎八段、富田常次郎七段等の特別功労者7人の写真と経歴が飾られている。
 中でも、修行の途中、国事に走った西郷四郎六段(小説姿三四郎のモデル)、日露戦争開戦時、旅順港閉塞作戦で戦死した広瀬武夫六段、湯浅竹次郎六段は注目される。
 特に旅順港第二次閉塞作戦において福井丸で戦死した広瀬中佐については、遺体は砲弾によって船内に留まらなかったと伝えられるが、突入のため使用した血染の海図がボートに落ち、後に海軍関係者から嘉納師範に寄贈されたものが展示されて居り、極めて貴重な遺品と云えよう。
 師範室で目を引くのは、「精力善用 自他共栄」と、「教育の事、天下これより偉なるは無し」に始まる、教育の本質を記した嘉納師範直筆の書である。共に進乎斉の号で書かれている。この室には、師範愛用の稽古衣、各界の名士との交流を示す書簡、講義や論文の原稿等が展示されているが、特に貴重と思えるのは、国際的に活躍し、努力された資料であろう。
 明治42年、日本初のIOC委員に選ばれた嘉納師範が、同45年、日本が初参加した第5回ストックホルムオリンピック大会開会式で入場式で行進している写真、更に昭和13年3月、カイロにおけるIOC総会で、昭和15年の東京大会開催が決定した時の写真が、その実績を物語っている。
 師範はその帰途、氷川丸船上で逝去され、苦心の末に誘致が決まった東京大会は戦火のため実現しなかった。しかし、昭和39(1964)年、戦後の復興と成長の象徴として、東京オリンピックが盛大に開催された。2020年の誘致が成功すれば、嘉納師範の遺志は、世紀を越えて引き継がれ、脈々と生き続けることになるであろう。
 資料館に隣接する図書室には、柔道関連の書籍約七千冊が広く集められている。特筆すべきは、『国土』(明治31年創刊)『柔道』(大正4年発刊)『有効の活動』(大正8年改題)『柔道界』(大正11年発刊)、『作興』(大正13年改題)等の諸誌が所蔵されていることである。これら講道館機関誌は、広く人材育成を目指しており、同時に詳細な諸記録の資料としても有効であり、昭和5年から『柔道』として再刊され、現在に引き継がれている。柔道の歴史と、それを取りまく日本国内の動きを学ぶためには、極めて貴重な資料として位置づけられる。
 このように、各競技の歴史を伝える施設は、両国国技館の中にある相撲博物館、東京ドーム内の野球体育博物館、本郷3丁目の日本サッカーミュージアム等があり、それなりに充実した内容を備えているが、柔道資料館は、図書室と併せて、形だけでなく、柔道の精神と伝統を語り継いでいる点で、貴重な意義を持っていると云えよう。
 今後とも、柔道を志す人が多く訪れ、あらためて、柔道の本質を学ぶにふさわしい場所であることを、重ねて強調したい。

(講道館理事)

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