今月のことば
2018年9月号
柔道の普及発展への展望
上田重隆
はじめに
この4月から石川県柔道連盟が新体制となり会長という要職に就かせて頂いた。これまで柔道を通して多くの方々と知り合えたことは大きな財産であり、今後も人との関わり合いを大切にしたい。今回は本県の柔道をどのように発展させられるかについて、組織運営と今後の目標と課題を主眼に述べてみたい。
柔道との出会い
2年後の2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催される。オリンピックと聞いて思い出すのは、54年前の東京オリンピックでのテレビ観戦中に耳にした「柔道だけは常に日本が世界一であって欲しい」という言葉である。数多くある種目の中でなぜ柔道だけは常に勝ってという感情を多くの人が持っているのか、理解できなかったことを思い出す。
そうした中で、私が柔道を始めたのはそれから暫くしてからのことである。
恩師から学んだこと
兄が柔道部ということで、野球部からほぼ強制的に柔道部へ。当時の中学校の恩師は故・渡辺次一講道館柔道六段であり英語の教師であった。稽古の傍ら自身で柔道の誕生から本質、技の説明、入り方等を力学的に説明して英文で出版されていた。研究熱心で部活動と学業の大切さを教えて頂いた。記憶に残っているのは四方八方への摺り足、継ぎ足に足払いであった。稽古はウサギ跳びから、基立ち(台稽古)で鍛えられ、稽古中は水を飲むな、が当たり前の時代で生徒はそれがごくごく普通と考えていた。今ではまず考えられない環境や理論での部活動であった。
高校では専門の指導者はいなかったが、顧問は数学科の教師で部員のために計画的な練習メニューを作成し、毎日熱心に顔を出す面倒見の良い心優しい先生であった。柔道が専門でなくても部活動を多方面から一生懸命取り組む心を教えられた。
自分で吸収
柔道を専門とする指導者がいなかった高校2年生の全国高校総体で、ふとしたことで強豪校の指導者が自校選手へ技術的・精神的なアドバイスをしているのを聞いた時、私は大変な驚きと衝撃を受けた。以来、多くの強豪校の指導者の近くでその発する言葉に耳を傾けた記憶がある。
さらなる技術の向上と柔道や運動の体系的な知識の習得を目指し、東海大学に進学した。故・小谷澄之先生、猪熊功先生、恩師・佐藤宣践先生をはじめ多くの先生方から教わった授業や稽古は、見るもの聞くもの体験することの多くが新鮮で驚きと感動の連続であった。そのほとんどが厳しさと優しさを心に置いた指導というのが印象的であった。
組織づくりと運営を考える
組織を上手に構成する方法を考えると、熱意や向上心のある人や能力のある人間がいつまでも何年も下にいて学ぶのは非効率であると思う。志と才能のある者(人)を集め体系的な教育(内容指導)や機会を与えて行えば組織のためにもなり、人(すぐれた人材)を得ることにも繫がる。
本連盟では、新体制になって常任理事会の開催を年4回に増やし、行事計画、検討課題の進捗状況など次年度に持ち越すことを少なくし効率化を図っている。また理事会の事前に執行部会(会長・副会長7名・理事長で構成)を開催し、会員間の情報共有、意思の疎通を図るなど、執行部には積極的に関わって頂いている。
指導者の育成
昨今、柔道競技者や指導者の環境は大きく変化し、社会状況による多様化が求められている。いつの時代でも競技力向上と底辺の拡大、指導者の育成は課題として上がってくるだろう、これらはすべてリンクしていることは皆さんもご承知だと思う。今回、本連盟は今日の状況を踏まえ、安全指導講習参加者には参加後、各地で伝達講習会を実施すること、また公認形審査員研修参加者には近い将来「形」の競技会開催や普及を考え、その人材を確保するために連盟として支援することを決めた。
石川県の大学柔道は北信越地域の有力校が数校ある。いち早く大学指導者とタイアップして研究や試行を行うことにより、審判技術の向上・安全教育・公認指導者資格取得など指導者の資質向上に大きく寄与して頂いている。またその一方、指導者は日頃から見える化、見られる化を念頭に置き、言葉遣い、立ち居振る舞いを意識するよう促している。近江商人に照らし"三方よし"のごとく、売り手(指導者)よし、買い手(選手)よし、周り(組織・観衆)よしの精神で、自分のため、選手のため、また柔道の将来のために大きな広がりの輪を生むことになるのではないかと期待して意識改革に取り組んでいる。
普及発展への一考察
なぜ柔道人口が減っているのか。今後の課題として少年柔道の普及をどの様にすべきか、また生涯柔道についても考えていかなければならないだろう。
普及のために、まず柔道関係者が嘉納治五郎師範の意図するところを多方面から考えることが必要ではないかと思う。柔道という競技の特殊性から他の競技との違いはどういう所なのか、そして特に理解して欲しいのは柔道が一般生活にどう役立っているのかなど、柔道の効用を多くの人に知ってもらう、知らせる努力が、現段階では充分なされていないように思う。選手育成(養成)に重きを置く指導に偏り、その意図が「教育としての柔道」から逸れつつあり、柔道本来の教えが少し薄らいできているように感じられ危惧している。
年齢や学年、技術レベルなど何歳になっても段階によってそれぞれの立場で"柔道ってこんなに楽しいんだ?という気持ちを持ってもらうことが一番であると思う。たとえ強くならなくても、柔道を続けてきて本当に良かった、柔道は素晴らしい、と思える人間がより多く育つことが私の大きな願いでもある。柔道をやめても柔道に深い関心を持ち続ける人が多くなることが、柔道の繁栄にとって大切なことではないかと思う。
結びに
将来社会に貢献するということを考えると、柔道を一生懸命やることによって形成される人格は大変貴重であり、そして柔道を通して得た先生や友だちとの人間関係も極めて大切であると思う。是非これを濃密にするよう心掛けて欲しい。どこの学校、塾、教室、クラブでも伝えられた習慣と伝統があるだろう。しかし革新を伴わない習慣、伝統は意味がない。古い伝統にとらわれずに、柔道を文化として体系づけ普及発展に努めることが求められている。変わっていく中で育つ伝統が貴重だと私は思う。
柔道が多様化し、その姿を変化させ世界が大きく動いている現実をみると、嘉納師範の教えである「精力善用」「自他共栄」が果すべき役割は大変大きく、柔道に携わる者として、その一翼を担うことに責任と喜びを感じ、「地道に確実に前進して」いきたいと切に思う。
(石川県柔道連盟会長)
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