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今月のことば

2014年05月

柔道に期待する

伊藤 一郎

 私はスポーツ観戦が大好きです。中でもプロ野球は子供の頃からのファンで、今でもシーズンが始まると球場に出向いて観戦しています。会社に入ってからは、弊社(旭化成)のスポーツ活動の重点競技である柔道や陸上の応援に精を出し、競技会場に足を運んで皆と一緒に喜んだり、がっかりしたり、またテレビの前で熱心に応援するうちに、こちらも自然と大好きなスポーツになりました。
 平成24年6月に講道館の理事就任のお話をいただいた時も、社内外の役職で時間調整が難しいと分かっていながら、好きな柔道に関わる役目ということで、喜んで引き受けさせて頂きました。
 私がなぜスポーツ観戦が好きかというと、全てルールに従って勝ち負けを決めるフェアプレーの精神が感じられるからです。見ていて楽しいし、素晴らしいプレーには心から感動できます。その中でも特に柔道は礼に始まり礼に終わるという素晴らしい伝統を持った競技であり、その日本的な精神は長く引き継いでほしいと思っています。少し古い話ではありますが、ロサンゼルスオリンピックで山下泰裕選手と戦ったラシュワン選手など、日本の柔道で教えようとしている精神が世界にも広まっていることは大変素晴らしく思います。スポーツというものは対戦相手を尊敬しながらも、必死に工夫をして何とか勝利に繋げようと努力するものだと思いますが、試合が終われば、等しく高め合う仲間であり、友人になれるものだと思います。
 スポーツにはプロとして成り立っているものと、柔道や陸上のようにプロとしては成り立たないような競技もあります。アマチュア競技として存続している場合には、競技団体の運営だけではとてもやっていけませんので、企業からの支援・後援が必要となってきます。弊社も柔道と陸上を重点種目として支援を継続していますが、応援することで会社の連帯感も生まれますし、選手によるいろいろな活動を通じて企業の社会的責任が達成されている面もありますので、会社の業績を一定レベル以上に維持する経営努力をしながら、ずっとやり続けていきたいと思っています。
 また、フェアプレーの精神を尊重するスポーツ界は、監督や育成指導を行う競技団体もフェアで透明性を持つことが必要だと思います。残念ながら昨今そうではないケースも散見され、柔道界においても昨年は苦しい1年でした。全日本柔道連盟はガバナンスの改革をスピーディに取り組んでおり、講道館も改革委員会を作って努力していますので、あるべき姿に近づいているものと確信しています。
 一方で、スポーツは勝敗を競うものです。特に大きな大会での日本選手の活躍は、日本全体を鼓舞し、感動させることができます。勝敗を競う中で、負けても懸命に頑張る姿が賞賛されることもあります。ソチオリンピックで私も感動を覚えた、浅田真央選手のように頑張るという姿勢が皆の心を打つこともできますし、葛西紀明選手のように長くトップとして活躍し、レジェンドと言われるくらい尊敬されることもあります。残念ながら、最近オリンピックなどの大きな大会では日本のお家芸である柔道が少し劣勢となっています。柔道界としては大きな課題です。2年後に迫ったリオデジャネイロオリンピックや更に地元で開催される2020年の東京オリンピックに向けて、柔道で勝って日本中を感動させるという以前の姿を取り戻してもらいたいと思っています。
 経営者としては、アベノミクスが正念場を迎える今年の経済動向が非常に気になります。消費増税を乗り越えて、成長の好循環が定着するようであれば、日本の先行きにも希望が見えてきます。資源の少ない日本が、今後も先進国として尊敬される存在であり続けるためには、常に進化する技術の発信と、礼儀正しいと世界から評価される国民性の維持が必要であり、そのための教育が今後の日本を左右すると思っています。教育にはいろいろな場面がありますが、礼儀正しさやフェアプレーを学ぶという意味では、スポーツは非常に重要な役割を果すことができると思います。冒頭に私はスポーツ観戦が大好きだと述べましたが、スポーツによる感動を楽しむ以外に、スポーツを通じて皆が一体となり、フェアプレーの精神に触れることでそれぞれの倫理性も高めてゆけるようなシーンに出会うことが楽しみでもあります。特に日本の運動文化ともいえる柔道にはそれを強く感じることができます。講道館柔道を始めた嘉納治五郎師範は、「技を磨く」ことはもちろん、「心を磨く」ことに力を入れる大切さを説かれました。この創始者の精神は、いつまでも受け継がれていくべき素晴らしい伝統だと思います。礼に始まり、礼に終わる、柔道はあらゆるスポーツの中でもスポーツマンシップを体現している種目の1つだと思います。一流のスポーツ選手は技も優れている上に、人間的にも魅力のある人が多いですが、スポーツを熱心に推進することは、健全な青少年の育成にも繋がり、心も一緒に磨くという教育的な側面があることを忘れてはいけません。優れた柔道選手であることに加え、良き学生・良き社会人たるべきことをしっかりと教育していってほしいと思います。また、そうやって心技体に優れた選手たちが懸命に競い合う姿が、本人のみならず応援する我々にも感動と倫理的な成長を与えてくれるものであることを意識しながら精進してほしいと願っています。
 講道館は柔道の普及と教育をグローバルに進めてきた歴史を持っています。その重要性を再認識し、講道館柔道が、日本はもちろん世界の人々から尊敬される存在になることを期待してやみません。

(旭化成代表取締役会長、講道館理事)

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