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今月のことば

2016年1月号

年 頭 所 感

講道館長 上村春樹

講道館長 上村 春樹

 平成28年の新年を迎え、謹んで新春のお慶びを申し上げます。

 昨年は、国内外にあって少年少女から高段者に至るまで、各種の大会、競技会、講習会が開催され、大変な盛り上がりを見せました。特に、8月にカザフスタン共和国のアスタナで行われた世界柔道選手権大会は、リオデジャネイロオリンピックの前哨戦として世界の注目を集めました。出場した各国の選手は、概ねしっかり組み合っており、試合内容も技による攻防が多く、迫力がありました。しかし、いまだ「崩し」「作り」「掛け」等の理合いを無視した「組んだら掛け、そして倒れる」を繰り返す選手も散見され、選手を育成する過程で柔道の理合いを理解させる必要性を感じました。その中で日本選手の「一本」を目指す戦い振り、勝っても負けても端然と振舞う態度は立派であり、多くの観衆を魅了していました。審判法については「投技における一本の定義」、「抑込技の定義」の共通理解を深めなければならないと思いました。

 IJF主催の形の世界大会は9月にオランダのアムステルダムで開催されました。日本代表選手団が健闘し、3年ぶりに全種目で優勝しましたが、各国選手の実力は日本選手に迫ってきています。大会後には、2日間、講道館の専門家を講師とする形トレーニングキャンプをIJF主催で行い、審査員並びに各国役員、参加選手が熱心に受講する姿は、世界的な形の更なる充実を期待させるものでした。

 講道館が主催する「講道館青少年育成講習会」は、東建コーポレーション株式会社の特別協賛のもとで2年目を迎えました。多くの少年少女とその指導者、保護者の参加を得て、柔道の基本の重要性を見直すよい機会となっています。また、5月にはブラジルのサンパウロ市において、「日伯修好120周年記念」事業の一環として「講道館講習会」を開催しました。5日間で延べ700名の参加者が、柔道の歴史や理念の講義、基本指導から強化に繋がる技術指導、形の指導などを熱心に受講し、参加者はもちろん関係の方々に大変喜んでいただき、成功裡に終えることができました。今後も皆様の要望を採り入れながら内容の拡充を図り、各種講習会を広く内外で開催してゆきたいと考えています。

 10月28日には、「嘉納治五郎師範生誕祭」を開催しました。28日から4日間にわたり生誕祭イベントとして「浮腰DAY」「嘉納師範の講演音源(肉声)公開」「柔道に関するビデオなどの上映」「師範最期の公用パスポートの展示」「師範ゆかりの写真の展示」「嘉納師範の揮毫を書こう(書道体験)」「親子柔道教室」などを催し、多くの人に来場いただき、好評を得ました。この10月28日には、IJFでも「World Judo Day」として嘉納師範を偲んで世界各地で様々なイベントを行っています。今後も講道館では、毎年この時期に師範にちなんだイベントを開催し、世界各国と協同して、嘉納師範の生誕を祝うだけでなく、柔道の正しい普及と振興を図るとともに、青少年の交流に寄与できるような行事にしてゆきたいと考えています。

 昨今、IJFの役員や各国の柔道家たちが集まる場では、礼節を重んじて、お互い組み合って技の攻防で「一本」を取る柔道を目指した柔道本来の在り方や、「崩し」「作り」「掛け」「体捌き」「技の基本」「柔道精神」等について活発に問答を持ち掛けてきます。また「柔道は more than sports」として、選手や役員の大会時の振る舞いに注力するとともに、恵まれない地域への柔道を通じた支援、協力、平和貢献活動など、柔道を精神的に崇高なものとして、より良い方向に進めるべく活動、議論を展開しています。さらに、教育としての柔道、生涯柔道の意義などの大切さを語りかけてきますが、柔道で競技者として活動する期間は限られており、その後の柔道人生の方がはるかに長く、その後の修行の在り方、モチベーションの持たせ方に苦慮しているとのことです。

 これらは、正に嘉納師範が歩んでこられた道であり、師範の教えである「己の完成」を目指し「世を補益する」という柔道の目的が、海外の柔道人にも正しく引き継がれているからだと考えています。

 古来、武芸において技術の上達段階は、その程度に応じて「目録」「免許」「皆伝」などの称号が用いられたようです。嘉納師範は、講道館を創始された頃に、これでは「修行者の奨励上余りに間が遠過ぎて不便に感じ」と述べられています。その後、師範が「指導上の便宜」と「更なる修行上の奨励」のために工夫されたのが講道館柔道の段位制度です。初めて初段に列せられたのは、門人第一号である富田常次郎と「山嵐」で知られる西郷四郎で、明治16年8月でした。有段者としての証である黒帯は、明治20年前後に使われるようになったようです。制度ができた当初は、昇段者には口頭による言い渡し、または掲示による伝達であったようですが、明治27年5月に初めて段証書の授与が行われたと史実に残っています。その時、師範が作られた文面がそのまま今日まで用いられています。

 その文面は簡潔ながらも示唆に富むものです。初段、二段、三段では、「日本傳講道館柔道ノ修行ニ精力ヲ盡シ大ニ其ノ進歩ヲ見タリ 依テ初段ニ列ス 向後益々研磨可有之者也」。四段、五段では、「多年日本傳講道館柔道ノ修行ニ精力ヲ盡シ業精熟ニ至レリ 依テ四段ニ列ス 向後益々研磨シ斯道ニ於テ可期為先達者也」。さらに六段以上の高段者には、「多年日本伝講道館柔道ノ修行ニ精力ヲ盡シ技熟達ニ至レリ 依テ六段ニ列ス 向後益々研磨シ他日斯道ニ於テ可期為師範者也」とあります。修行の年限によって目標として期すべきものを先達から師範へと高めています。

 初段から三段は「柔道の修行に努力し進歩したので、今後ますます技を磨いて下さい」、四、五段では「長きにわたって柔道の修行に励み、技が精熟しました。今後ますます技を磨き、先に立って後進を導く人になって下さい」、六段以上では「長きにわたって柔道の修行に励み、技が熟達しました。将来修行者の模範となって下さい」と示されたもので、今後とも段の持つ意味、証書の意味を再認識して更なる修行に取り組んで行かなければならないと、気持ちを新たにするところです。

 また少年の級について、講道館では、級外と5級から1級までの級制度がありますが、それぞれの国、都道府県、道場では級位の基準も帯の色についても統一がとられていないのが現状です。そこで子どもたちの修行の励みとするためにも、昇級のために必要な修行期間や技術レベルが分かり易いような、新たなガイドラインを作るための検討を進めています。

 年始早々の1月28日から30日には講道館において、リオデジャネイロオリンピックの審判員、各国の国際審判員及び強化関係者約250名を集めて、IJF審判セミナーが開催されます。これは試合審判規定の周知徹底、審判員の技能向上のみならず、柔道本来の技の理合い、相手を制するということの意味等を正しく理解していただく場にしたいと考えています。

 年頭に当たり、本年も先達が築いてこられた講道館柔道を後世に正しく伝えてゆくという責務を果すべく、地道に「精力善用」「自他共栄」の実践に努め、柔道の普及振興に全力で取り組んでゆく所存です。

 館員の皆様にはご指導、ご支援、ご協力のほど宜しくお願いします。

 最後になりましたが、今年も皆様にとってよい年になりますようお祈り申し上げげます。

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