今月のことば
2014年03月
柔道界にも少子化対策を
黒澤正敬
先ず自身の紹介からしたいと思う。現在74歳。柔道を中学1年から始めて、勤めの関係などで中抜きはあったが、約60年間、学生時代やサラリーマン稼業の傍ら柔道に親しみ、六段となり、東京都千代田区柔道会に所属する老齢柔道愛好者の一人である。これからは、年寄りの冷や水となるが、心身共に鍛えて柔道を続けられることを望んでいる。では、表題の件につき、私の所感を述べたい。
わが柔道界における看過できない現象の1つとして、柔道人口の減少がある。例を挙げれば、中学、高校の柔道部数の減少と柔道部への入部人数の減少である。大学の部活動において柔道部員数の減少が始まったのは大分前だが、ここ10年は特にひどい。今から50年以上前、私が大学に入学したときは100人超が入部した。しかし、今や一桁台も前半である。社会の動向は、先ず大学において現れるというのが定説であり、新入生が選ぶ部活動の選択肢が当時より増えたから、というだけでは説明できない現象であろう。
わが国が世界に誇れる文化は数々あるが、その1つに、学校における部活動と地域社会における町道場がある。本来学校とは学問を習うことが目的である。これを、部活動と称して本来の目的とは違うことに、多くの生徒、学生が、精一杯努力している。名誉や何等かの報酬を見返りに求めているわけではない。冷めた目でみれば理解不能であろうが、それなりの存在理由があるから今まで連綿として続いてきたに違いない。だからこそ、わが国の伝統文化の1つだと思うのである。部活動の顧問の先生方には、正課授業の他に課外の部活動を担当することによって、時間的な制約や場合によっては責任を問われることもあり、その大変さに感謝感謝である。
人間の品位は、20歳位までの間で大部分出来上がる。勿論その後の人生の推移如何で変化するのは当然だが、最も影響を与えるのは20歳位までである。個人技である柔道の指導は個人的である。自我が出来ていないときの指導者の存在は大きい。指導者と指導される者とが1本の稽古をして汗を流すことによって、融和一体となるときがある。また一緒に稽古した仲間にはいうにいわれぬ共感がある。私が学生の頃、先輩の中に「柔道部卒業です」と自己紹介する人が結構いた。当時は柔道部にいたことがそんなに誇れるものかと違和感があったが、今は違う。20歳前後に得た感覚は尊く消すことの出来ないものであって、その道に懸命になっていたことが、自身の考え方、行動への影響が如何に大きいかとその人は自認していたのである。
町道場も古くからのわが国の伝統文化の1つである。柔道の底辺拡大に有効なことは論を俟たない。道場主は、自分の方針に基づき、情熱を傾け、自らの理想を追求することができる。幼い頃から道場通いをして、道場主の指導を受け、仲間と共に行動することの影響度は計り知れないものがある。だが、道場の経営は大変だ。場所を確保し、畳を敷き、柔道を教え、月謝でその経費を賄うなど、計算するまでもなく至難である。結果として後継者が見当たらず、一代限りで道場を閉じる例が多いと聞いている。公民館等利用の柔道クラブもあるが、環境は同じである。
柔道界に対する風当たりは、最近起きた一連の出来事の影響を受け向い風であり、改革が求められている。私としては、先ず事に当たられている当事者の方々を労いたい。しかし、このままで済ませられる問題ではない。柔道に関係する個人個人、一人一人の問題に行き着くのではないか。何かの出来事に遭うとわが事にあらずとなり易いが、まかり間違えばわが身にも起きえたことであり、まかり間違わなくてもわが身にも起きたかもしれないのである。業界言葉の「上から目線」でいえば、この件は「指導者の責任だ、指導者を変えろ」となるが、それで済ませてはならないであろう。柔道界の全員即ち一員でもある私個人の責任でもある。個人個人がそれこそ全員が固まって、この方向で行こうとならなければ問題の解決にはならない。生物の種は、環境の変化に応じて、その長所を伸ばして進化してきた。鳥は恐竜から進化したとなっているが、飛べなかった鳥が飛べるようになったのは、最初に得た長所を種全体として伸ばしに伸ばした結果である。
講道館創始者嘉納治五郎師範は、明治15年下谷北稲荷町永昌寺の書院を道場として学生を養い柔道を始めた。そのとき、年齢23歳、道場の広さ12畳。これは当時でも、今でも、破天荒の、とんでもないことである。今こそ「嘉納治五郎師範の精神に返れ」が必要なのではないか。数は力である。柔道人口の増加のため、底辺拡大のため、生徒学生、子ども対策を図るべきである。基本的には部活動、町道場の振興という手段を用いて、国全体の少子化対策の一環として、行動しては如何であろうか。全国には一昔前では思いつかなかった手段の萌芽が多々あると思う。幅広く衆知を集めて行動する時ではないだろうか。
(全日本柔道連盟教育普及委員会特別委員)
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