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今月のことば

2011年01月

年頭所感

講道館長 上村 春樹

 平成23年の新年を迎え、心より新春のお慶びを申し上げます。

講道館長 上村 春樹

 昨年は嘉納治五郎師範生誕150周年の年でした。この記念すべき年に国内外にあって多くの大会で日本選手が大活躍をしてくれました。5月、ブダペストで第2回世界形選手権大会が開催され5種目全てにおいて連覇を達成しました。8月のシンガポール第1回ユースオリンピックでは、出場した2名は安定した試合運びで金メダルに輝きました。9月には、東京で52年ぶりに世界選手権大会が開催され、過去最大となる111の国と地域から848名の選手が参加しました。日本は金10、銀4、銅9の合計23個のメダルを獲得する最高の成績を収めることができました。また10月にはモロッコで世界ジュニア選手権大会が行われ、9個の金を含む20個のメダルを獲得してくれました。将来の日本柔道を担う若手選手には、結果に満足することなく人々を魅了する技で世界の柔道をリードする存在へと成長してほしいと思います。

 昨年来、試合審判規定の改正によって、連絡技や返し技などではなく、相手の脚を直接攻撃することが禁止されたため、「お互いに組んで」、技による「一本勝」が多く見受けられるようになりました。ルールの改正で一時的に試合内容を良くする結果が得られましたが、正しい柔道への根本的な解決には至っていません。審判に目を向けますと、技の判定や反則の与え方にばらつきがあったり、投げられたのか自分で倒れたのかを見切ることが出来ない等の問題が指摘されています。技の判定が甘くなってきていることと同様に個別の問題とせず一層のレベルアップが必要と考えます。今後、変則的な組み方や新たな変則技が現れ得ることも危惧されますが、ここで「原点」に立ち返り、柔道のルールはどのようにあるべきか、理合いを無視した技、礼法の乱れを如何に是正するかなど、柔道の「本質」に言及する議論が必要と考えています。現在、時代の流れとともに変遷を遂げてしまった不合理なことを是正するために、柔道の本質を見極めつつ試合審判規定を見直す作業に取り組み始めたところです。

 正しい柔道の実践には、指導者の育成と指導のあり方についての検討が急務です。ある少年大会でこんな場面に出くわしました。指導者が「組むな」「脚を取れ」と大声で指示を与えているのです。柔道本来の姿から掛け離れており、重大事故につながる行為でもあります。指導では投げ方、抑え方を正しく教えることと同時に、投げられ方、逃れ方などそれぞれの技への応じ方も丁寧に教えてほしいと思います。私は就任以来「礼節を重んじ、立派な態度で、正しく組み、理に適った技で一本を取る柔道」の実践を訴え続けてきました。これまで、様々な形で指導者の育成に努めて参りましたが、併せて指導者が指導方法の基準、指導のあり方を共有することが重要です。柔道をする人、指導する人、支える人、それぞれが力を合わせて、柔道を正しく伝えていかなければなりません。柔道界のみならず様々な人を巻き込んで、全体で考え、実践していきたいと思います。

 さて私は、講道館長、全日本柔道連盟会長として2回目の新年を迎えることになりましたが、就任前にこのような事がありました。平成21年3月に嘉納名誉館長から嘉納師範が揮毫された一枚の「書」を頂いたのです。丁度その頃、嘉納履正第3代館長がお住まいになっていた桜台の家から師範の「書」が沢山発見され、その一枚を私に下さるということでした。その時、そのような貴重なものは講道館に残すべきで、頂くことはできませんとお断りしたのですが、どうしてもということでしたので、ありがたく頂戴いたしました。教育者である嘉納師範は多くの「言葉」を残されています。「精力善用」「自他共栄」「力必達」「教育之事」等々。その中に「盡己竢成」(おのれをつくしてなるをまつ)があり、それが頂いた「書」だったのです。処世訓のひとつに「人事を尽して天命を待つ(盡人事而待天命)」という言葉がありますが、「作興」に掲載された進乎齋燈下問答によりますと、

 そうだ、私は己を盡して成を竢つといって居る。天命という語は、いろいろに解釈し得られるし。それから、人事というよりは、己という方が一層明らかになる。
 自分で為し得るだけのことをして、一方には又、自分の力でどうにも出来ん運のあることを知って、成を竢つのが、それが精力善用である。

と説明されたということです。私としては「平素から目標に向かって一生懸命に取り組んでいれば、結果は必ずついて来る」ということだと理解しています。
 私が館長、会長に就任する直前で、「何をやらなければならないのだろう」「どうしたらいいんだろう」「自分に出来るのだろうか」「自分で本当にいいのだろうか」と悩んでいた頃でした。そんな私の揺れる心を見抜き、嘉納名誉館長はさりげなくこの「書」を選んでくださったのです。後にその意味を知った時、名誉館長の押し付けることの無い、さり気ない心遣い、ご配慮に敬服した次第であります。私はそれ以来、「盡己竢成」を座右の銘として使わせていただいております。これからも、初心を忘れず柔道界発展のために全力を傾ける所存です。

 今年も「嘉納師範が創られた柔道を後世に正しく伝える」使命を念頭に置き、柔道の普及、振興に全力を尽して参ります。皆様のご指導、ご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。
 最後になりましたが、本年が皆様にとって良い年でありますよう、心からお祈り申し上げます。
 以 上

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