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今月のことば

2017年7月号

形の魅力と生涯続ける柔道

千葉 翠

 私たち柔道愛好家は、形と乱取は車の両輪だと言われ、正しい技の習得に欠かせないものであると指導を受けながらも、乱取中心の稽古に明け暮れ、形については昇段するための一手段として取り組んでいるのが現状であります。
 私も競技として柔道に取り組んでいた若い頃は、「形」について真剣に考えたことはなく、知識もなかったことから興味を持つこともありませんでした。しかし、28歳のとき新たな人生の出発でもある、警察大学校術科指導者養成科(柔道)に入校する機会があり、指導者として柔道の基本を改めて学ぶ良き機会を得ることができました。併せて「形」についても一流の先生方から直接指導を受けることにより、これまで感じたことのない形への興味が広がり、形を意識した人生を歩み始めることになりました。このことが大きな転機となり、全日本柔道選手権大会等での形の演技や、太股の裏に大きな痣ができるほど受身を取った形のビデオ作成に携われたこと、また海外で柔道を指導する機会を得たことなどは、貴重で掛け替えのない財産になっています。形との出会いがなければ現在の私はなく、学べば学ぶほど新しい発見があり、形の魅力に大きく取り付かれてしまっています。

 嘉納治五郎師範は、形と乱取を文章にたとえると、「形は文法、乱取は作文」であり、文法・作文を学ぶことによって立派な文章が書けるように、形と乱取を合せて練習することによって技が上達すると教えています。形は、沢山の攻防の方法がある柔道の技術の中から代表的な攻防の実際を選び、順序・方法を約束して組み立てたもので、形の練習によって正しい技の理論を知り、体得することが出来ます。しかし、柔道愛好者の中には乱取で使われている投技と固技だけが柔道技術だと誤解している人が多いように感じます。柔道は柔術から発展したもので、武術的な技術は全て含まれており、その技術は形で練習することが出来ます。特に当身技の技術などは形で練習するしかありません。

 国内で活動していると全く気がつかないものですが、海外に出て指導に携わると嫌でも目につくことがあります。まず柔道に取り組む姿勢が非常に熱心であり、畳や柔道衣がボロボロで柔道をする環境に恵まれていなくても不平、不満を言わない。この機会を逃してなるものかと時間も気にせず質問をどんどん投げ掛けてきます。また是非昇段審査を受けさせて欲しいと言ってくるほど、形について真摯に取り組んでいるのには驚かされます。教わることが当たり前のように慣れきってしまっている日本人とは随分違うと感じながら、つい暑さも忘れ心地良い時間を過ごすことになるから不思議です。日本で柔道を修行する若い人たちには、自分の置かれている環境が如何に恵まれているかを自覚し、感謝する心をもって取り組み、より一層の奮起を期待するものであります。

 形の全国大会である全日本柔道形競技大会は、本年で回を重ねること20回になります。「乱取」とともに柔道修行の一翼をなしている「形」を通じて、柔道の普及、振興を図ることを目的として開催されています。講道館創設以来、長い年月の中で変遷を重ねながら、形の全国的統一を図ってきた先達の努力があり、形大会も1つの区切りにたどり着けたことは実に素晴らしく、今後さらに発展することを強く願わずにはいられません。

 そして形の普及は、海外でも実を結びつつあります。近年、国際的にも「形」修行への注目が高まっており、全種目で日本が金メダルを獲得することが難しいなど、世界形選手権大会を通じて世界全体のレベルアップが顕著です。講道館の形講習会に参加する外国人たちは、柔道の発祥地である日本において本来の形のあり方を学びたいと語ります。さらに、柔道の教えは試合が全てではないと平然と答える者もおり、柔道への取り組みの目標や目的が違うことに驚かされます。

 岩手県においても年3回の形講習会及び形の大会を開催し、柔道発展のため形の充実・強化を図っています。形への関心は徐々に高まり講習会への参加も年々増加の傾向にあり、所期の目的は達したものの、残念ながらいまだ競技として形を行うところまでは浸透しておりません。形の大会は、東北地区から指定される全日本形競技大会への出場種目について講習会と同日に予選会を、他日実施される講習会の際にも他種目の演技会を実施していますが、毎回10組程度の参加に留まっていることから、更なる対策が求められています。また、形を通じて体得される理合い、洗練された動作、表現の奥深さなど、乱取の勝負などとは違った趣が理解されるようになるには、しばらく時間がかかりそうです。

 最後に、柔道は高齢になって乱取ができなくなると道場に居場所がなくなり、自然と柔道から離れていってしまう修行者が多いことが非常に残念でなりません。しかし、他のスポーツにおいては年齢を重ねても、さらに研鑽に努め活躍している姿を多く見掛けます。柔道においても、高齢者が中心となってやれる練習方法、場所が必要ではないでしょうか。それには形が最適だと考えます。形を学ぶことで、高齢になってからも柔道を更に深く追求することが出来ます。生涯スポーツの一環として柔道の「形」を取り入れながら活動を行い、数多くの指導者を育成し、さらなる形の充実が図られることを願っています。微力ではありますが、岩手の地において地道な活動を続けたいと思っています。
                               (岩手県柔道連盟会長)
                                                                                           

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