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今月のことば

2021年1月

年 頭 所 感

講道館長
上村春樹

講道館長 上村 春樹

 令和3年を迎え、謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。
 昨年は、春先から新型コロナウイルス感染症が世界各地で拡大し、世界中の人々に重大な被害をもたらしました。私たちの生活は一変し、経済、社会への影響は勿論のこと、教育界、スポーツ界、柔道界でも今までに経験したことのない大変な事態となりました。また、3月に長年柔道界を牽引、指導してくださった嘉納行光名誉館長、4月には常務理事の松下三郎九段、図書資料部長の村田直樹八段が他界されました。柔道をこよなく愛し、国内外での柔道の正しい普及、振興、後世へ正しく柔道を伝える重責を担ってこられた方々を相次いで失ったことは、痛恨の極みであります。
 
 世界的に感染症拡大が続く中、密閉・密集・密接の3密を避け、社会的距離を確保するという制限下で、柔道衣を着て、道場で稽古をする機会が奪われました。国内外を問わず、相手と組み合う特性のある柔道をこれまで通りに継続することは非常に困難となり、少年少女からシニア世代までの様々な大会、イベントが中止、延期を余儀なくされました。特に、スポーツ界の一大イベントである「2020東京オリンピック・パラリンピック」も、今夏に延期となりました。スポーツを通じた人づくり、国際交流・親善、世界平和のために、選手、関係者及び観戦者、そして日本国民の安全を確保しながら、「東京2020オリンピック・パラリンピック」を成功に導かなければなりません。
 
 さて、コロナ禍において、講道館では、昨年2月末から5月まで道場での稽古を休止しました。緊急事態宣言が5月25日に解除され、6月1日からは感染症対策を万全にして単独練習、トレーニングを中心とした稽古を再開しました。7、8月になっても、状況は好転しませんでしたが、このような状況でもできる修行、このような状況だからこそやらなければならない修行があるとの考えで、夏期講習会、暑中稽古の開催を決断しました。夏期講習会は、組み合うことを制限し、礼法、基本動作の確認、技や理合いを習得するための単独練習、体力向上のためのトレーニング等を主体として実施しました。暑中稽古も同様で、参加者は通常の3割程度でしたが、無事に終えることができました。9月からは組み合う時間を段階的に延ばし、打込や約束練習を行いました。そして、10月からは乱取を取り入れた稽古としましたが、道場で大勢の修行者がマスクをつけて稽古に取り組む様子は、忘れることのできない光景です。
 
10月28日には、「嘉納治五郎師範生誕祭」を実施しました。嘉納師範生誕160年という記念すべき年に当たり、4日間に亘って「絵画展覧会」「柔道映像の上映」「嘉納師範の揮毫を書こう(書道体験)」「親子柔道教室」などを催しました。国際柔道連盟(IJF)でも「World Judo Day」として嘉納師範を偲び、世界各地で様々なイベントを行っています。講道館では、毎年この時期に世界各国と協調して、青少年の交流に寄与できるような行事を企画してゆきます。
 延期した全国柔道高段者大会は、開催が危ぶまれましたが、この日を目指して修行を続ける方々の声に後押しされて、11月29日に実施することができました。平素は指導する立場にある高段者の方々が集い、日頃の鍛錬の成果を発揮する場となりました。生涯柔道を実践されている皆さんが真剣に勝負に取り組む姿を拝見して、継続することの大切さを実感しました。
 また、予てから計画していた各地の道場訪問を開始しました。訪れた道場では、普段通りの練習を拝見しましたが、実際に子どもたちの顔を見ながら元気な声を聞き、また、指導者、保護者の方々との交流を通して、大変有意義な時間を過ごすことができました。これまでの経験を活かし、取り巻く環境の変化に適応しながら、多くの子どもたちに柔道と触れる機会を作り、応援してくださる方々の輪を広げてゆきたいと考えております。
 日アセアン自他共栄プロジェクトは5年目を迎え、事業を総括する段階に来ていました。しかし、感染症がアジア地域にも蔓延して、自由な交流ができなくなりました。各国代表者、指導者を招いての事業は取りやめ、これまでに国際セミナーに参加したことのある指導者を対象としてオンラインによる講習会を行うこととしました。ここでは、一方的な講義や動画の配信だけでなく、双方向の意見交換をライブで行い、全員で情報を共有することができました。今回の講習会を通して、知識や技術の共通認識を得るための新たな手法を模索することができたことは大きな収穫でした。本プロジェクトが、今後のアセアン諸国における柔道普及の新たなステージへの入口であったと確信しています。
 柔道の技100本については、IJFと協力して映像を作成し、発信しています。これまでに周知された内容を確認しながら、文字や言葉で正しく伝わるように技の定義を明確にして、英文での説明も見直しました。さらに、基本に立ち返り、投技の崩し、作り、掛け、固技の正しい抑え方、絞め方及び関節の極め方とその応じ方などを解説してゆきます。「投げる」「固める」とはどういうことなのかに対して、単なるカタチを知識として留めるのでなく、それぞれの「理合い」を理解して欲しいと思います。
 嘉納師範は、「形」「乱取」「講義」「問答」という修行法を示しました。「形」で理合いを学び、「乱取」で応用を工夫し、「講義」で知識を得て、「問答」で考える力を養うのです。様々な角度から修行に取り組むことによって、「己の完成」を目指し「世を補益する」という嘉納師範の教えを体現することが大切です。
 
 未曽有の災禍に直面し、これまでに「当たり前」と思っていたことが、実は「有り難いこと」であったと再認識しています。世界を脅かす深刻な問題に直面している状況でも、柔道の普及、振興を推し進めてゆくことは、講道館の大きな使命です。数々の大会やイベントが中止になったことで、改めて柔道への取り組み方、考え方を見つめ直す機会となりました。それぞれの立場で何ができるのかを真剣に考え、さらに考え尽くし、実行することが大切です。今こそ一致団結して、知恵を集め、工夫しながらこの難局を乗り切らなければなりません。
 
 年頭に当たり、嘉納治五郎師範が創始された講道館柔道の原点に立ち返り、「競技としての柔道」の発展と共に、「教育としての柔道」「人づくりとしての柔道」を地道に粘り強く推進し、先達が築かれた講道館柔道の伝統を受け継ぎ、更なる歴史を積み重ねるべく、「精力善用」「自他共栄」の実践に努め、国内外に講道館柔道の精神とその本質を発信してゆく所存です。
 館員の皆様には、本年もご指導、ご支援、ご協力の程、よろしくお願いします。
 結びに今年が皆様にとって良い年になりますようお祈り申し上げます。

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