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今月のことば

2022年12月

柔道の特性を活かした普及を目指して

正司直樹


 2022年7月14日昼前、全日本柔道連盟の中里壮也専務理事、田中裕之普及振興部長と山口宇部空港でお会いした。中学校の部活動改革に伴う山口県の取り組みを13日に視察された帰途である。この機会に県の現状と取り組みの報告を兼ねて空港内のレストランで昼食をとりながらいろいろな話をさせていただいた。先生方の訪問先は、山口県の北側で日本海に面した萩市である。地元の至誠館大学、萩高校、萩東中学、萩西中学が萩高校柔道場に集まり合同稽古をしている。基本的には水、木、土曜日に各部の選手、指導者そして保護者も経験者は柔道衣を着て参加する。この合同稽古の利点は実力は違えど、中学生、高校生はより上を目指し、大学生は指導を視野に入れた稽古ができ、また指導者、保護者それぞれの交流がその場でできることである。この視察の他に話題は女子柔道の振興や山口県柔道協会会長であった故吉岡剛先生の現役時代の武勇伝等多岐に亘りとても有意義な食事会となった。
 中里専務理事、田中普及振興部長は、柔道人口の減少への歯止めが喫緊の課題である中、中学校の部活動改革による影響で、少年柔道の基盤となる層の衰退を招けば底辺拡大を図る上で大きな足かせとなるため、それを危惧して地方での様々な取り組みを参考事例として収集し有効活用すべくご足労いただいたと思われる。
 本県においても登録者数の減少は顕著である。2015年度は男子1738人、女子452人で合計2190人。2021年度は男子1133人、女子308人で合計1441人、2015年度からの減少人数は749人で34.2%の減少である。
 2021年度は東京オリンピック・パラリンピック開催で盛り上ったものの、新型コロナウイルス感染症問題が影響して、前年度から112人の減少となっている。余談であるが、このオリンピックには大野将平選手、原沢久喜選手、パラリンピックには廣瀬順子選手が山口県出身選手として出場しており、3人に共通しているのが柔道少年団出身ということである。選手の努力は言うまでもないが、改めてこの共通点を見るにつけ、彼らを含め各地域で子どもたちを手取り足取り地道に世話をする指導者には頭が下がる思いである。お陰で今の柔道界が成り立っていることを3選手が証明してくれた。そうした素晴らしい指導の延長線上であろうか、昨年12月に山口法人会、山口税務署から確定申告のPRをしたいので山口県出身の原沢選手を何とか呼べないだろうかという話があった。本人に声を掛けたところ、「役に立てるなら」と快く引き受けてくれ、確定申告と柔道教室をコラボしたイベントを開催することができた。マスコミも大きく取り上げて国民の義務である納税と少年柔道育成に大きな貢献をしてくれた。
 話を柔道人口減少に戻す。そもそも、山口県の人口自体が昭和61年以降減り続け、加えてスポーツの多様化等、様々な要因が考えられる。しかし、ここは敢えて、柔道が求められているところに光を当ててみたい。
 20数年前、南米のチリ共和国に1年間柔道指導をしたことがある。主にナショナルチームの指導であったが、途中チリ陸軍から指導の依頼を受けた。年に1回陸軍、海軍、空軍、カラビネーロス(警察軍)の四軍対抗柔道大会が開催されており、指導要請は試合前の強化訓練に向けてのものであった。その本大会にも招待されたが、この南米の最南端でこれだけ盛大に柔道大会が行われるのかと柔道普及域の広さに感銘を受けた。
 ヨーロッパでは、国別に警察あるいは軍がチームを結成して対抗戦が行われており、日本も招待を受けて参加している。また、中東トルコの警察組織において約500人を3ヵ月かけて技だけでなく、礼法、規律等の指導をした経験談を永福栄治元警視庁師範から聞いたことがある。 元々戦場で敵と組み打ちになった時に使用する技術であった柔術を、その危険性を排除して競技として誰もが参加できるように発展させたのが嘉納治五郎師範であり柔道である。各国の治安維持機関に求められ盛んに行われているのは、武道としての柔道を身に付ける鍛錬の過程において技術、体力、精神力を同時に養えるからである。
 その武道性について、数年前、上村春樹講道館長から、「抑え込みで、上から抑えている者の片脚を下になって抑えられている者が両脚ではさみ、抑えている者が脚を抜くことができなかったら、何故抑え込みにならないのか」と問われたことがある。中学校から柔道を始めて約50年、自分の知識の限りを尽くして抽象的な解釈を滔々と述べたが、首を縦に振っていただけなかった。館長の説明は、戦場で相手を組み伏しても自分の脚を相手の両脚ではさまれている状態だと、組み伏せられた相手の仲間が救援、奪還に来た時、下で抑えられている者が上から抑えている者を逃がさないようにしっかり脚を絡ませる。この状態では、上と下でどちらが有利か分からない。だから脚を制されていないことが抑え込みの条件の1つである、という要旨であったと思う。まるで自分が戦場で鎧甲冑を着けて相手を組み伏してはいるが脚が抜けずにいるところを相手の援軍に囲まれたような情景を思い浮かべた。私自身、古式の形を始め様々な形の演技を何度も行い、柔術の流れを感じることはあった。しかし、これまで決まりごととして稽古で汗を流した寝技に武道の攻防の定義、妙が込められていることをこの年になって知った次第である。
 普及にはこの奥深い日本発祥の武道性を前面に出すことも有効な方法ではなかろうか。自分を高めてくれる相手を敬う礼法、受身の習得による保身、技の攻防で身に付く護身、勝負心の醸成、段級制による自己の立ち位置の認識、昇段意欲の向上等、柔道の特性を生かすべきと考える。また、嘉納師範が起居を共にして教育された嘉納塾のように、相助相譲・自他共栄の精神を育む教育的な面も含めてこそ柔道の神髄であろう。さらに男女、年齢、国籍、人種、健常者、障害者、宗教、経済的環境に関係なく参加できる。この武道性、教育性と柔軟性が、スポーツの世界に深く浸透し続けることが望まれる。
 現在、山口県での主な取り組みは、当柔道協会主催による社会貢献活動の一環としての「転び方教室」がある。周南公立大学女子柔道部監督の近藤優子氏(本県柔道協会理事)が幼稚園保育園に出張して園児の転び方による怪我防止を保護者とともに遊びを交えて指導している。また、生涯競技参加の一環として、30歳以上を参加資格とする中国地区ベテランズ柔道大会の山口市での開催を進めている。
 現役を過ぎて柔道普及振興に携わる者は、柔道にお世話になり育てられた者たちである。だから「より多くの人に何らかの形で柔道に触れてもらい」「柔道がもたらす恩恵を享受していただきたい」という気概を胸に抱き活動している。その一旦を担えるよう、これからもできる限り当協会運営に尽力し柔道発展に寄与する所存である。
                      (山口県柔道協会会長)

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