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今月のことば

2005年06月

「箸の置き方」とは言いたくない

冲永 荘一

 本年の春は「すれ違い」、言い換えれば「意思の疎通のまずさ」から始まった。  まず桜と天気の仲である。震え上がる寒い日が何日も続き、突然、暖かくなった三月末、東京の桜は満開へと一挙に疾走した。ところが途端に、花冷えどころか冬に逆戻り、冷たい強風があっという間に花弁を吹き飛ばしてしまった。
 こんな年は珍しい。桜と天気、どちらが悪いとは言えないが、いや、言ってもしょうがないが、両者のコミュニケーション・ギャップをうらめしく思ったのは私だけではないと思う。

       ◇
 この桜と前後してわが国を取り巻く国際舞台でも、うらめしい「すれ違い」が相次いで起こった。
 「牛肉」でアメリカと、「北方領土」でロシアと、「竹島」で韓国と、そして「いろんなこと」で中国と、である。
 なんといおうと、暴力沙汰を起こした中国のデモは論外だが、いずれの国についてもわが国は相手の土俵に乗せられ、相撲を取らされているようで、歯がゆさだけが残った。
 一例をあげれば、中国。両国外務大臣の会談後、それぞれ行った外務省の発表は、中国側が(過去の戦争の歴史について日本側は)「再度、深刻な反省とおわびを表明した」の一点で押しまくり、新聞もそれを書きたてた。日本側は「おわびとか直接的な表現はなかった」と、その対応に精一杯だった。
 押すだけではない。引きもあった。反日デモの破壊行為について「悪いのは日本」と、言い続けたもののその実、水面下では上海で被害にあった日本人経営の料理店に対して、市当局が素早く損害賠償を始めたのがそのいい例だ。

      ◇
 実にしたたかである。しかし、したたかなのは中国だけではない。アメリカもロシアもそして韓国も、同様である。日本人からすれば、「そこまでいうの!」と息を呑むぐらい、とことん主張、行動に出る。だから残念ながら、牛肉も北方領土も竹島もわが国とのすれ違いの距離はなかなか縮まらない。
 これらの動きを見ていると、なんら科学的な根拠があるわけではないが、つい、こう言いたくなる。「箸の置き方が違うと、こうも行動様式が異なるのか!」と。
 ご存知の通り、これらの国ではナイフ、フォークはもちろんのこと、箸も食卓の上では縦に並べる。わが国の箸だけが横向きだ。「縦」の方がケンカしやすいとまではいわないが、「横」より「遠慮なく食べさせてもらう」と、自己主張の強さをなんとなく感じてしまう。
 ならば、日本も「縦社会」の仲間入りをすべきかといえばそうは思わない。やはり、日本人のDNAに染みついている「和」こそ、世界に向けての私たちのセールス・ポイントだからである。
 東アジアはもちろん、世界においても、わが国は、「和」を掲げ、「その実現のためにいうべきことは、はっきり言いますよ」と、まず、しっかりした土俵を造るべきではなかろうか。こういう哲学、外交戦略があってこそ、わが国の国連常任理事国入りも歓迎されるに違いない。

      ◇
 これを「言うのは簡単だが・・・」と、首を横に振る方もおられるだろう。しかし私は申し上げたい。「現に良い例がありますよ。私たちの柔道がそうじゃないですか」と。
 五輪競技の正式種目になってまだ半世紀もたたない柔道だが、いまや世界大会で五大陸のどこの選手が勝ってもおかしくないほど、正真正銘、世界のスポーツとなった。大変、かつ素晴らしいことである。
この背景には、私たちの先輩たちのすさまじい努力があったことはいうまでもない。それも世界に向けて、競技としての指導だけでなく、まず「すべての人の幸せのために取り組む心身の鍛錬」、すなわち「和」の心を訴え、伝えたからこそ、柔道はここまで世界に拡がったと、私は確信している。
桜と天気の意思の疎通の悪さは、ただ黙って来年を期待すればよいが、国と国の仲となると、そうはいかぬ。いささか口はばったいが、柔道のように日本の政治、外交もがんばっていただきたい。そして2008年、世界のみんなの熱い支持のなかで、北京オリンピックが開催されるよう、ただ、願っている。

(東京都柔道連盟会長・医学博士)

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