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今月のことば

2019年1月

年 頭 所 感

講道館長 上村春樹

講道館長 上村 春樹

 平成31年の新年を迎え、心より新春のお慶びを申し上げます。

 昨年は、嘉納治五郎師範没後80年にあたりました。4月28日の全国柔道高段者大会後に式典・偲ぶ会を開催し、国内外から多くの方々にお集まり頂いて盛大に執り行うことができました。この没後80年を記念して左右田(そうだ)鑑穂(かんすい)東建コーポレーション株式会社代表取締役社長兼会長から日本刀3振り(刀・脇差・短刀)と演武用の日本刀3振りが献納され、翌日の全日本柔道選手権大会で、この演武用の日本刀を用いた極の形が披露されました。今年はパリで行われるフランス柔道連盟の鏡開式とグランドスラムパリにおいて、同じ日本刀で形を披露する予定です。

 さて、昨年も、国内外において様々な大会、競技会、講習会が行われました。8月にアゼルバイジャンのバクーで開催された世界選手権大会では、リオデジャネイロオリンピックから東京2020大会への中間点として、過去のメダリストや世代交代を目論む若手が日頃の修行で培った心技体の限りを尽して熱戦を繰り広げました。しかし、寝姿勢から立ち姿勢への移行、立ち姿勢での関節技と絞技の禁止など、試合審判規定の新たな改正点への対応が選手、コーチ、審判員、役員の中で共通理解に達していないように見受けられました。投技においては寝姿勢の攻防と見られる動作や相手が自ら回転したような動作に投技としてのポイントを与える場面が多くありました。また、固技においては相手に覆い被さることなく単に動かないように固定しただけのものを抑込技と見なしたり、相手に危害を及ぼす動作に対して過剰に反応する傾向の中、腕挫手固に極めようとしている選手に対して、肩への攻撃として反則負けを与えたりするなどの事態が起こっています。これらは審判技術の未熟さというよりも知識不足に起因すると考えられます。一昨年のブダペストにおける世界選手権大会後の国際柔道連盟(IJF)理事会で試合審判規定の見直しを行い、「一本」の評価が乱れてきている状況を改善すべく、投技「一本」の定義の中に「勢い」「はずみ」という投技の本質を示す日本語が採り入れられました。相手を倒して背中をつけるのが投技であるというような風潮もこれまでありましたが、現在IJFでは"それが技と言えるのか"ということが議論されるようになりつつあります。この機会を捉え、立ち姿勢とは、寝姿勢とは、また投技とは、固技とはなどを明確に示していこうと思っています。私たちは伝える技術を磨き、伝わる言葉で適切な指導を行っていかなければなりません。ケアシステムと呼ばれるビデオによる確認方式の導入後、技や反則行為の確認を動きの中ではなく映像を静止させて行っていますが、理合いの判断を伴う場面では静止画からでは適切な評価が困難なこともあります。更に、頻繁な試合の中断は審判員への不信感を生むことにも繋がりかねません。IJFでは審判員に対してIJFアカデミーで基本技術と知識の習得を義務づけるようになりましたが、今後は映像に頼るだけでなく、全ての関係者が当たり前と思っていることから疑い、再度学ばなければならないと考えています。昨今、観ている者が理解しやすいように、かつメディアからの好評を得られるように試合審判規定の解釈が変わってきていますが、一番大切な柔道の本質の理解が等閑にされてきたように思います。勝ち負けを判定するためだけのルールではなく、柔道の本質を追い求める試合者の真剣勝負を、見届ける観客の誰もが納得するような判定で裁くべきだと考えます。

 10月にはメキシコのカンクンで世界「形」選手権大会が開催されました。参加したのは22ヵ国・地域の計85組で、今大会では各組の取の年齢によって35歳以下と36歳以上の2グループに分け、それぞれで予選・決勝が行われました。日本は4年ぶりに出場したすべての種目で優勝しましたが、正しい柔道を伝え、幅広い年齢層の柔道愛好者を増やすためにも、講道館柔道の起源や技の理合いを学ぶことのできる形の一層の普及に努めなければなりません。形や高段者大会など幅広く愛好されている柔道に目を向けて、少年少女や初心者からシニア層まで多くの方々がそれぞれの目的に応じて柔道に触れ、自身の研鑽を積みながら、柔道を通して交流を深めてゆくことを望みます。柔道には投技、固技など様々な技がありますが、礼法に次いで最初に習うのが受身です。受身は言うまでもなく投げられたときに身を護る技術ですが、言い換えれば、転んだときに衝撃を和らげ、怪我の無いように"上手に転ぶ"方法です。まだ体のできあがっていない子どもから体を動かす機会の減ったシニア世代まで、安全な転び方は備えとしてとても大切だと思います。素晴らしい柔道の技を活用した全身運動を通して心と体を鍛えて欲しいと願っています。また、競技の低年齢化が進んでいますが、少年期から試合で勝つことばかり求めるのではなく、基本をじっくり身につけさせる指導技術とそれを何らかの指標で評価することも必要です。その方法と手順については先達が工夫を凝らしたものも残されていますが、このたびIJF、フランス柔道連盟と協同で「子どもの形」をほぼ完成させました。未経験者や初心者でも取り組めるような"やさしい柔道"も提案したいと探っています。老若男女、国籍を問わず、多くの方々が柔道に触れて、学び、それぞれの立場で楽しむことのできる機会を提供してゆきたいと思います。

 昨年は少年の級位に六級と七級を追加し、その帯の色を水色と定めました。修行の励みとなる級位や段位の取得の在り方についてはこれまでも議論されてきましたが、講道館の段位制度を海外の修行者の方々にも理解頂き、国際的な普及を目指して海外における段位の推薦委託団体としての"講道館コミッティー"の拡充を図っていきたいと考えています。

 講道館の大きな使命である国内外への柔道の普及・振興事業は、国内では基本指導や形、審判講習等の「講道館講習会」や「講道館『形』講習会」、東建コーポレーション株式会社の特別協賛のもとで開催している「講道館青少年育成講習会」が、正しい柔道の普及と地域の柔道の活性化に大きく貢献しているものと思います。本年も更なる充実を図っていきます。海外については恒例となりつつあるドイツ、カナダ、オーストラリア、香港などでのセミナーに加えて、IJF柔道アカデミーの拡充により講道館からの講師派遣要請が増えています。また、講道館で「国際セミナー」「国際ユースキャンプ」を開催していますが、その他の個別指導の要望も多くなり、世界各国の青少年から高段者に至る修行者を受け入れての指導教授の機会も増えました。また、国際交流基金アジアセンターとの共催事業である「日アセアン自他共栄プロジェクト」では、アセアン各国へ指導者の派遣と、各国指導者の国際セミナーへの招聘を実施しています。ブルネイ王国にはアセアン諸国で唯一柔道の組織がありませんでしたが、同プロジェクトの一環で講道館と同国との交流を開始し、昨年には柔道連盟が発足してアジア柔連連盟を通してIJFへの加盟が認められる運びとなりました。さらに、日仏友好160周年を記念して平成30年7月から平成31年2月まで、日本国政府とフランス大統領府の合意のもと、総合的な日本文化紹介事業「ジャポニスム2018」がパリを中心にフランスで開催されますが、この中で「ジャポニスム2018自他共栄プロジェクト講道館講習会」として昨年12月には私と野村忠宏七段がパリとトゥールーズで講習会を実施しました。本年は1月、2月に亘り、グランドスラムパリ会場などで嘉納師範ゆかりの品々の展示や映像の上映、形の演技も行います。講道館柔道の普及振興を図るため、引き続いて本年も派遣事業、招聘事業、行事が数多く予定されています。

 年頭に当たり、嘉納師範が創始された講道館柔道の原点に立ち返り、競技としての柔道の発展だけでなく、教育、すなわち人づくりとしての柔道を地道に粘り強く推進し、先達が築いてこられた講道館柔道の伝統を受け継ぎ、更なる歴史を積み重ねるべく、「精力善用」「自他共栄」の実践に努め、国内外に講道館柔道の精神とその本質を発信していく所存です。

 館員の皆様には、本年もご指導、ご支援、ご協力の程、宜しくお願いします。

 結びに今年が皆様にとって良い年になりますようお祈り申し上げます。

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