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今月のことば

2013年12月

柔道指導について思うこと

中島祥雄

 今年、柔道界は組織の存亡を左右する厳しい批判に晒された年であった。年初の暴力問題に端を発し、助成金問題へと立て続けに不祥事が発生し、柔道界を揺るがす大きな問題となり、全日本柔道連盟では今年8月21日に上村春樹会長から宗岡正二新会長にバトンが引き継がれ新体制が発足した。
 組織機構の改革が求められる中、柔道界再生に当っては宗岡新会長のもと加盟団体である各県柔道協会や連盟を始め、柔道を志す者が創設者嘉納治五郎師範の教えに基づき一致団結して推進していくことが必要である。
 嘉納師範の教えは明瞭であり、柔道を志す者の教義である「精力善用、自他共栄」の精神は柔道究竟の目的となっている。これは今の日本に一番重要なことであり、将来を担う子どもたちに柔道を通じて逞しい身体と何ものにも負けない強靭な精神力を身につけさせ、社会に貢献できる有為な人間を育てることが師範の教義に沿うものであろう。このことが柔道の指導者たる我々に求められている使命であり、義務ではなかろうか。
 柔道を取り巻く環境は非常に厳しいものがある。その1つが柔道人口の減少である。この難局を打破するためには柔道の活性化と底辺拡大を図っていくことが肝要である。柔道人口が減少している要因は多数あるが、その1つにスポーツの多様化が挙げられる。私たちが柔道を習い始めた頃を振り返ると柔道以外のクラブ活動は野球と剣道くらいであった。お互いに棲み分けが出来ており、柔道、剣道は同じ武道として共存が図られていた。
 今は野球、サッカー、陸上、テニスなどスポーツが多様化しており、せっかく子どもたちが町道場で柔道を始めても中学校進学と同時に他のスポーツへ転身しており、そのことに手を拱いて眺めているというのが現状ではないだろうか。子どもたちが町道場で一生懸命稽古に励んできて中学校進学と同時に他のスポーツへ転身する原因は、柔道に励んできて達成感が得られなかったことも要因と考える。少年柔道の指導者は少年に更に上位を目指したいという目標を持たせることが出来なかったのではないだろうか。また、少年柔道のあり方を考える時に、指導者は試合に勝つことだけの指導に終始してきたのではないだろうか。少年柔道で試合に勝つことが出来なかった少年が、柔道をあきらめ他のスポーツへ転身しているとすれば、指導者の指導方法に問題があると言わざるを得ない。試合に勝つことは大事であるが、柔道は勝つことだけが目的ではない。指導者は柔道本来の目的である「礼節を重んじ、他者への思いやり」などをきちんと指導し、社会に奉仕することの精神的な喜びや満足感、達成感を教えることが必要である。それに加え指導者には、「熱意と情熱」が大切である。熱意のある指導者には少年や保護者が心酔し、柔道を心底愛してくれるものと思う。
 反面、指導のあり方で考えなければならないことは、熱意が一線を越え暴力を生むことになるのではないかということである。柔道界を揺るがすことになった暴力問題も「勝つことを意識し過ぎた全日本女子柔道強化選手への行き過ぎた指導」が原因となっている。だからと言って甘い指導が少年や保護者の要求ではない。指導には厳しさも必要である。指導に対する厳しさのさじ加減が非常に難しい。指導の厳しさに「有形力の行使」(いわゆる実力行使)は行き過ぎた指導と言えるだろうか。
 昭和56年4月1日、東京高裁の判例「女子教諭体罰事件」では、「中学校の教諭が平手と軽く握った拳で生徒の頭を数回軽く叩いたことは学校教育法11条、同規則13条によって認められた正当な懲戒権の行使であり違法性がない」としている。
 厳しく教える必要がある時に、その指導に相応しい効果の認められる「有形力の行使」は許されるものであると判例も認めている。それが過ぎれば暴力となる。誤解が無いように言わせてもらう。暴力は絶対駄目であり、許されるものではない。どのような言い訳も通用しない。しかし、判例にあるように、ある程度の適度な「有形力の行使」は指導者と指導を受ける者のより親密な関係を醸成し、効果的な指導が認められる場合が多く、全て「有形力の行使」を否定することはできないと思われる。何より怖いのは熱意と情熱という名の下に指導者の誤った解釈により暴力的指導が敢行されることであり、また反面、「有形力の行使」を恐れるあまり指導者が萎縮することではないだろうか。
 本県では、少年柔道のより質の高い指導者を育成するために計画的な指導者養成講習会を開催し、指導者の指導能力の向上を図っている。しかし、体制が整っておらず、中学校の指導教諭が不足している。中学校の武道必修化に対応するため、外部指導者を派遣できる体制を整えているが、各中学校に1名ずつの柔道担当教諭が必要であり、あらゆる機会を捉え関係機関に働きかけているところである。中学校での指導体制が充実すれば、少年柔道から高校柔道へと一貫した体制が完成する。このことが柔道を志す少年に目標を与え、魅力ある柔道として底辺拡大につながっていくものと思っている。
 裾野が大きく広ければ、その頂点も高く強いということは自明の理である。熱意と情熱のある指導者を育て、柔道の底辺拡大に最大の努力を傾注していきたいと決意を新たにしている今日この頃である。

(佐賀県柔道協会会長)

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