今月のことば
2014年02月
柔道指導者に望む
萩原 榮
『女性コーチ傷害容疑 体操選手階段から落とす
大阪市内の体操クラブで2010年〜11年当時10代の女子選手2人を階段から突き落とすなどの暴行を加え負傷させたとして、女性コーチ(42)を傷害容疑で書類送検した。女子コーチは、「勝手に落ちた」「指導の範囲内であった」と容疑を否認している(2013年12月10日付讀賣新聞)』
この件について日体協は、JOCの強化スタッフ職にある女性コーチに辞任を要求する文書を送ったという要旨の報道がされていた。
昨年1月、柔道の女子強化選手15人が、女子柔道監督から暴力を受けたとして、日本オリンピック委員会に告発したことが大々的に報道され、スポーツ界のみならず社会的問題に発展し、管轄官庁である内閣府による勧告を受ける状況にもなり、前代未聞の事態となった。
指導現場における暴力事案は、これまでに他競技でも散見されていたにも拘らず、柔道は何故この様に大きくとり上げられたのであろうか。種々要因の重複があり、ロンドンオリンピックとの関連があったとしても、まだ釈然としないのである。その事柄の背景には、柔道に対する国民の大きな期待があって、その裏返しの心情からなされたものであろう。
柔道の持つ教育的要素は高く評価され、中学校における武道必修化の中核ともなっている。講道館柔道の精神を守り、日本古来の武道の価値を更に高めるために、同じ轍を2度と踏むことは許されない。
我々柔道人が、心しなければならないことを、思いつくまま自戒を込めて述べてみたい。
1 礼を知る
「礼に始まり礼に終わる」とは、武道を嗜む者が均しく教え込まれるものであろう。礼とは、他者への尊敬と感謝、自らの謙譲心が相俟って表に現われる形である。それを解っているなら、尊敬や感謝の対象に暴力を振るうことなど絶対にできないはずである。
礼の教えは、日本国憲法の基本的人権尊重主義と合致しているのであり、他者への暴力は、自分の人権をも破壊する愚の骨頂的な行為である。ゆめゆめ他人の身体に違法な力を加えることのない様、心しなければと声を大にして申し上げたい。礼の心を自分の心とすることによって、暴力事案は根絶できるものである。
2 恥を知る
「恥の感覚こそ純粋な徳の土壌」(武士道 新渡戸稲造)と言われている。
伝統的な精神文化として、日本には恥の文化があり、欧米には罪の文化がある。日本の犯罪が少ない要因の1つに恥の文化が機能していると言われてきた。「恥ずかしいことをするな」「親、親戚に恥をかかすな」「そんなことをすると恥をかく」等々恥という心の支柱があって、枠からはみ出す行動を中心に引き戻していたのであるが、伝統的な恥の文化は衰退している現実がある。
自分の行為がマナーに違反し、ルールを無視する等の反社会的なものであっても、臆面もなく自己主張を一方的にまくし立てるモンスターとか、クレイマーと呼ばれる人々がそこかしこに居る。恥ずかしい振舞いと顔をしかめたくなる場面を幾度となく目にしている。
市民は、変わった人が居ても、係わりたくないと無関心を装おう社会の風潮があって、徐々に恥の感覚を希薄化させている。
敵に背を見せない、逃げない美学も恥の精神から生まれる。恥をかかぬ、かかせぬは武士の礼儀作法であり、品格の現われでもあった。武道に志ある者は、自ら恥をかく言動に細心の注意を払い、身を慎むことに励むべきものと思われる。無抵抗な者に対し脅す、暴力を振るう、いじめる等は武道家として最も恥ずべき卑怯な行為である。
3 やってみせる
「格闘技やその練習が正当行為と認められるには、スポーツ目的でルールを守って行われ、かつ相手の同意の範囲内で行われなければならない」(大阪地裁)との判例がある。
相手側が、熱血指導をどの程度容認しているかが指導の正統性を判断するメルクマークになるが、容認の程度の深浅は、信頼関係の強弱によって変わるものである。暴力は論外であるが、格闘技に限らずスポーツ指導において厳しい指導はあって当たり前、叱責、注意なくして人格形成を図ることも困難になる。熱血指導として称賛を受け、体罰として非難されるそのギャップは、どこに有るのであろうか。
やって見せる、褒めて育てるは、指導教育の要諦である。「可愛ゆくば7つ教えて、5つ褒め、3つ叱って良き人とせよ」の古諺もある。
グラウンド5周、正座1時間、腕立て伏せ300回、打込500本と命じて、傍で見ている場合は体罰と映り、「先生もやるから、お前もついてこい」と共に汗し、涙し、喜びを共にする時、師に対する感謝の念が生じ、苦しさ辛さにも耐える信頼関係が生まれる。個人差に配意し能力に応じた指導により、信頼関係は深度を増し絆も強まり、体罰の謗りを受けることはなくなるであろう。
4 精力善用、自他共栄
「柔道の根本義は精力の最善活用である。いい換えれば善を目的として、精力を最有効に働かせることである。それでは善は何かというに、団体生活の存続発展を助くるものは善である。」「この団体生活又は社会生活の存続発展は、相助相譲、自他共栄によって達成される。」と嘉納師範は説いている。
精力善用は正義の道へ、自他共栄は世界平和にも撃がる遠大な人生哲学であると理解している。精力善用、自他共栄の意義の理解と実践を通して、己を完成し世を補益するという品格ある柔道人になりきることを目指したい。自分から学ぶ姿勢のない者は、指導者としての資格も資質も欠いている。
先ずは、自分よりも弱い者、困っている人を助けてあげることから始めたい。指導者の任にある者は、正しい柔道の伝承者であって欲しい。そこに暴力等の存在する余地はないとは思いつつ、我が県にも隠された暴力行為はないと言えるか、パワハラ、セクハラはと心配になってくる。一地方の柔道人の一人として皆様の力をお借りしながらより良い柔道のあり方を追い求めたいと思っている。
(茨城県柔道連盟会長)
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