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今月のことば

2006年02月

柔道の効用と初心者指導

古田 善伯

柔道は、武道としての「克己」とか「相手を尊重する」といった精神的効果を期待して行われることが多いと思われるが、最近のスポーツ科学の報告によると、柔道選手は他のスポーツ選手より骨が強いという研究報告がいくつか見られるようになった。これは男女とも同じ傾向になっている。確かに、骨の生理学的特性として、骨に力学的ストレスが加わると、そのストレスに耐えようとして骨が強化されてくる。このことを念頭に入れて、柔道の練習風景を思い起こすと、柔道の受身では身体が畳にぶつかる時の衝撃はかなり大きい力学的ストレスとなっており、また、立技や寝技の攻防においては全身の筋肉を最大限に使用し、大きな力(ストレス)が骨格に与えられることになり、その結果として柔道選手の骨が強化されてくると考えられる。このように、柔道練習は骨を強化するのに最も効果的な運動であるといえる。

 一方、わが国の人口が高齢化するに伴い、高齢者の骨粗鬆症が社会的課題としてクローズアップされてきている。この骨粗鬆症は高齢男性より高齢女性に発症が多く、わが国の重要な女性問題となっている。この現象の背景として、女性は50歳代を過ぎると閉経になり女性ホルモンの分泌が減少し、一方、この女性ホルモンは骨からカルシウムが消失するのを制御する役割を担っているため、閉経後には骨から消失するカルシウム量が多くなり、老化に伴う骨の弱化を一層助長することが考えられる。さらに、わが国の平均寿命が世界でもっとも長くなり、老齢期の延長によって女性の骨粗鬆症が多発するようになってきている。骨の弱化を防ぐためには、骨を構成しているカルシウムを摂取することと骨に適度な力学的ストレス(運動を行う)を与えることが重要となる。現在の社会環境においては、生活の中で運動する場面が減少し、いわゆる運動不足の状況に陥りやすくなっている。そのため、これからの社会環境においては、運動を積極的に行うことが骨の弱化を防止することになる。特に、骨量が最も多くなるのは20歳代であり、この時期は骨量を増すのに最も都合のよい身体環境が整っている。そこで、成長期から20歳代に至るまでに骨量を多くし骨を強化しておくことによって、高齢期に発症する骨粗鬆症を予防できると考えられる。

 以上のことを踏まえて今日の若い女子学生の生活をみていると、運動不足の状況にある女子学生が多く、骨を強化すべき時期にあるにもかかわらず骨を弱化させているように見受けられる。したがって、このような運動不足の状況が続けば今日の若い女性は、現在の高齢者より早期に骨粗鬆症が発症してくることが予想され、これに若い女性が気付いていないようであり、このことに私自身は強い危惧を抱いている。

 さて、少し前置きが長くなったが、以上のような背景を踏まえて、現在私が勤務している岐阜大学の教養教育の柔道の授業では、初心者の指導を行う際に、「柔道練習は強化するのに有効である」ことを強調している。特に、女子学生に対して、柔道の受身は安全に転倒する方法の修得と骨を強化するという一石二鳥の効果があることを強調して指導を行っている。その効果があったかどうかは確かではないが、最近の女子学生は受身の練習を手抜きしないで行う姿勢が見られ、投技や抑込技の練習も積極的に行う様子が見られるようになってきた。このように、女性が大学で初めて柔道というものを経験し、柔道の基本動作、受身、各種の技に含まれている要素の面白さに触れ、身体への有効性を自覚できるようにすることが、将来にわたって柔道に対する親しみを継続させることにつながるのではなかろうか。私の密かな思いとして、柔道の授業を体験した女子学生が、彼女たちの子どもに柔道を実践させるようになることを期待している。

 以上、柔道の効用を「骨つくり」「骨の強化」という視点から若干の私見を述べてきたが、これとは別の視点に立てば、また別の柔道の効用が見えてくるのではなかろうか。例えば柔道の技の合理性を追求する過程では、技の伝承とともに総合的な科学的思考能力を育成していくことも可能になるのではなかろうか。これ以外にも様々な柔道の効用が考えられるが、そのための基礎的研究がまだ不十分だと思われるので、「柔道の効用」という視点からの基礎的研究が今後一層推進されることを願っている。

(岐阜大学教育学部長・医学博士)

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