今月のことば
2020年8月
柔道の初心者、底辺の改革を
八本木 通秋
この度、福井県柔道連盟会長に就任致しました。一つひとつにしっかりと向き合い精進致しますので、ご教導の程よろしくお願い申し上げます。
また、新型コロナウイルス感染症に罹患された方々や困難な状況におられる皆様の1日も早いご快復と、事態の収束を心よりお祈り申し上げます。
私の生まれ故郷は、鹿児島です。我が郷土の英雄である西郷隆盛先生は、西南戦争に敗れ自決する際、安政の大獄で若くして犠牲となった、福井藩主の橋本佐内先生(思想家、『啓発録』は15歳の著書)からの手紙を忍ばせていたと云われています。
この安政の大獄では、小濱藩士の吉田雲浜先生(儒学者)も犠牲になられましたが、幕末・明治維新の激動期に、福井と鹿児島の両県には後世に名を残す功労者がおられ、また繋がっていたことが、私には妙な因縁と感じられ、誇りとし励みとしているところです。
私が柔道を始めたきっかけは、中学の時、亡き父に勧められたからですが、今思い返すと、すさまじい稽古の繰り返しでした。そうしたなか、3年時の県合同練習会で幸運にも貴重な体験を得ました。
それは、稽古の参加者の中で1番強そうな大男に練習を付けてもらったことでした。その方が、何と吉松義彦先生(全日本選手権3回優勝)でした。その時は、名も知らず、訳も分からず、おぼつかない技を果敢に掛けては返されていましたが、私のとっさの投技が決まっていました。気づけば、前襟下部を握ったつもりが、先生の股間を鷲掴みにして引っ張ったものですから、たまらずもんどりうったという仕儀にて偶発的な禁じ手でした。締まらぬ事態に「コノヤロー」と破顔一笑しながら起き上がると、その後も2本続けて練習をしてくださいました。
後に、監督の岡山正俊先生から、「本来なら、そう簡単にはお相手してもらえない御仁だ」とお聞きしました。吉松先生は気さくな人柄で、青少年育成のために自ら汗を流される姿に不思議な親愛の情を抱きました。もちろん、生身の吉松先生と練習したこの経験から更に柔道への魅力を感じたのは確かで、以来、柔道人として過ごしている次第です。
その後、福井県の北陸高校に合格した際、岡山先生から「故郷を離れても、全国で活躍する人物になれ」との餞の言葉をいただき、この胸にしっかりと焼き付けております。
福井県は、ここ数年連続「幸福度ランキング」において日本1位です。その上、小・中学生の全国学力・体力テストでは、毎回トップクラスに名を連ねており、文武両道ぶりが既成事実となっています。この要因は、ハード面として施設やその整備が充実していることは基より、ソフト面として家庭・県民性が貢献しているといえます。事なきを以てを第一とし、辛抱強さや、くじけない心を持っています。そして、「いつも家にいて」「いつでも思い遣りがあって」「いつまでも見守ってくれる」三世代同居世帯のメリットである祖父母の存在が大きいと思っています。
私は、生まれ故郷に帰りそびれたわけではなく、福井にしかない魅力を体験したことで、心の故郷は福井と決め、自らの居場所に定めたわけです。
ところが、県柔道界にあっては、柔道競技人口の減少を憂いています。これを、めぐり合わせが悪いとか生を楽しむ世の中がおかしいとか言ったところで仕方のないこと。石が流れて木の葉が沈むような世の中です。現実は事実であり、確実に過ぎていきます。この由々しき問題は、福井県のみならず日本の未来にも関わっていくことです。この傾向の外的要因としては、少子化、各種スポーツ参加の多様化等があげられ、内的要因としては、指導者不足や強化の格差による底辺層の競技離れ等が考えられます。
私はこのような状況の中で「ないことよりもあること」「出来ないことよりも出来ること」を見つめ、先ずはピラミッドの土台となる底辺層を醸成し、その上で、柔道の普及発展にしっかりと取り組みたいと思っています。
競争社会の格差による底辺層の意識が、我々の気づかないうちに競技から離れていっているのかも知れません。どのような競技においても、頂上に立てば、自分にしか分からない達成感や満足感、他人から称賛も得られます。しかし、敗者は、他人には推し量れない悲嘆にくれるのを我慢し、気丈に歩み続けなければならないのです。そのためには、光の当たらない弱者一人ひとりにも目を配り、光の方に向かって行けるような方策を、皆で協力して取り組みたいと思います。底辺層が明るくなれば、全体も明るくなるはずです。
私は61歳です。義理にも人情にも弱い損な性分ながら、欲も得もなく無防備に歩んできました。中年腹にはエネルギーをたっぷりと蓄えており、煮ても焼いても炒めても食えない存在になりました。肩肘を張ることもなければ、見栄を張ることもありません。向後の重要な問題に、精一杯最善を尽くしたい、頑張りたいという気持ちになっています。
誤解を恐れずに申し上げれば、浅からぬお付き合いのある皆様とは、同じ道の先を見つめる関係です。皆様のご協力を得ながら、一丸となって問題に取り組んでいけたらどんなに素晴らしいことかと思っています。同時に緊張を通り越して、体の隅々に血が流れているのを認識しているところです。
結びに、皆様の益々のご健勝とご多幸を祈念致します。
(福井県柔道連盟会長)
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