今月のことば
2010年10月
少年柔道指導を考える
山中 圏一
昭和51年に青少年の健全育成と柔道の普及、拡大を目標として「秀鋭館道場」を創立して、早いもので34年が経ちました。発足当時は、少年指導の右も左も分からず、多くの先輩方のご助言をいただきました。また他の道場の稽古を見学し、合同稽古をお願いしたり、自身も講習会等に積極的に参加し、勉強させていただきました。私は当時、32歳で高校の教員をしていましたので、高校生の部活動を見た後、道場で週3回、小学生、中学生を対象に指導をしてきました。その過程において、子どもたちから多くのことを学ぶことができました。純粋な子どもたちが、指導者によってどうにでも染まるということ、基礎を作り、基本を教える難しさを知るとともに、責任の重さを痛感しました。
「精力善用」「自他共栄」の精神、基礎体力の養成、基本動作の修得、柔道の醍醐味である「一本取る柔道」「生涯できる柔道」「社会に役立つ人間」を修行の大きな目標として、子どもたちにいかに興味を持たせ、継続させて、柔道の楽しさや素晴らしさを学ばせ、その子どもたちの子どもがまた柔道をしてくれるような魅力のある正しい柔道を目指して、日々努力精進しています。
正しく組んで一本を取る柔道で昨年度(平成21年度)全日本柔道選手権大会で優勝した穴井隆将選手は、5歳で道場に入門してきました。その頃から、人の話を良く聞き、人一倍努力をする子どもでした。また、柔道雑誌や試合の記事が載っている新聞等は繰り返し読み、柔道に関する様々な知識も小さい頃から人並みはずれ、友達からは「柔道博士」と言われるほど、柔道が大好きな素直な子どもでした。
昨年、オランダ・ロッテルダムで行われた世界選手権大会では、金メダルを期待されながら銅メダルに終わり、本人はもちろん我々も大変悔しい思いをしました。
今年の世界選手権大会は、52年ぶりに東京で開催されます。「一本」を取る柔道で昨年の雪辱を果し、世界の頂点に立つことを楽しみにしています。(※注)他にも、全日本女子柔道選手権で、平成12年に三位の中村友栄選手、平成16年度二位の近藤悦子選手、現在女子78kg級で活躍中の穴井さやか選手等優秀な人材が多く育ってくれました。チームとしても、全国少年柔道大会に大分県代表として12回出場し、三位に2回、ベスト8に3回入賞するなど、頑張って活躍してくれ、個人においても、中学、高校に進んで、県代表として全国中学大会、インターハイに多くの選手が出場し、上位に入賞する者も出てきました。
少子化、競技種目の多様化により、柔道人口の減少がいわれ、オリンピックや世界選手権大会では外国人選手の力が向上し、日本選手が勝つことが厳しくなってきた今日、魅力のある柔道で、保護者や子どもたちにアピールしなければ、身体能力の高い子どもたちは他競技へ流れてしまうのではないかと、日本柔道の未来を危惧するものです。ピラミッドのように、底辺が大きく土台がしっかりしていれば、その中に身体能力の高い子どもも多くいて、競い合い、レベルの高い頂点になるのではないかと、私は考えます。底辺の拡大が無ければ、柔道の発展はありません。
しかし、現在の少年柔道は競技柔道になりつつあります。土、日曜には一年中各種大会が開催され、勝負にこだわり結果を出すために、子どもたちが一番大事な時期に基本が疎かになってきているように感じます。一本を取る柔道ではなく、負けない、投げられない柔道で、組ませない、組まれたらすぐに切る、紛らわしい技を掛けて時間を稼ぐ等、試合の駆け引きに終始する柔道・・・今がよければというような柔道では将来の伸びも期待できないのではないでしょうか。
今の勝ちを優先させるのか、将来を見据えて勝ち負けよりも正しい柔道でゆっくりと育てあげるのか、指導者がしっかりとしたビジョンを持つ必要があります。保護者にも子どもにもそのビジョンに対する理解を得て、正しく組んで理にかなった技による一本を取る柔道を、少年指導者には徹底していくべきではないかと私は思います。正しい姿勢で、正しい技で、よく動き、よく掛け、一本を取り合い、小学生らしく伸び伸びとした爽やかな試合、そして、観る人に勝っても負けても感動を与える試合を展開することが、将来の伸びへと繋がるのではないでしょうか。
全日本柔道連盟では、昨年から少年指導者セミナーを開催していただいていますが、機会あるごとに、正しい柔道指導のための資質の向上と、指導内容の充実を図っていけば、これからの日本柔道の未来も、また楽しみになってくるのではないでしょうか。
指導者が意識を変えなければ、選手も意識を変えることはできません。それだけに、少年柔道指導者の責任は重大であり、またやりがいやそして楽しみもあると思います。勝つために毎日スパルタ式で鍛えていれば、その時点では結果を残すことがあっても、過度のトレーニングや稽古で、中学、高校では燃え尽き症候群になったり、勝つために覚えた様々な悪い癖がなかなか直らず、伸び悩みつぶれた選手はたくさんいると思います。
子どもたちの将来を見据えた指導、医学的な観点からも、筋力や骨の弱い少年時代は過度なトレーニングや稽古は避け、敏捷性を養う運動や反射的な運動で基礎体力をつけ、基本動作を身につけることが重要であると考えます。子どもたちが持っている可能性を伸ばすためには、子どもたちが自ら進んで伸び伸びと楽しく柔道に親しむように指導することが必要なのではないでしょうか。そして、基礎基本の土台がしっかりとし、精神的にも体力的にも一番の発達期である第二次性徴期の中学、高校時代が鍛錬期であり、鍛えれば鍛えるほど一回りも二回りも成長する時期だと思います。
現在は、競技柔道に偏重しで試合に勝つことばかりに価値が置かれがちですが、指導者は勝つためにただ技を教えるだけでなく、体育、勝負、修心を目的とした人間教育の中で己を完成し、世を補益するのが柔道修行の究極の目的であると示された嘉納師範の教えに倣って、無限の可能性を秘めた子どもたちに、柔道を通した人間教育を行う重責もあるのです。
今の日本は、恵まれている社会の中で、社会的能力の未熟化、精神面の弱体化、挨拶の仕方、思いやりの心、克己心、忍耐力、責任感の欠如等が問題視されていますが、過去、日本人の人格形成に柔道や剣道と言った日本伝統の武道が果した役割は、大変大きなものがあったと思います。指導者によってどうにでも染まる少年時代、子ども、保護者、指導者が三位一体となり、子どもたちを育て、立派な柔道家であるとともに社会的にも信頼され、社会に貢献できる人間を育てていくことが大切であろうと考えます。
(大分県柔道連盟会長)
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