今月のことば
2019年8月
何くそ精神に出会って
吉村昭吾
鳥取県の現状
私は、2018年の2月に鳥取県柔道連盟の会長に就任しました。2020年東京オリンピック事前キャンプ誘致(モルドバ共和国柔道連盟と調整中)や2021年5月に鳥取県立武道館(米子市)で開催されるワールドマスターズゲーム2021関西の諸準備に取り組んでいます。
その一方で、組織の根幹となる柔道人口の減少に歯止めのかからない本県(県人口・約56万人、全柔連登録者数・約660人)において、中学校・高等学校における活性化は喫緊の課題であり、特に部活動のない中学校に進学した生徒の稽古環境、試合出場の機会を確保するために奔走しています。しかし、上手くいくことばかりではありません。
先日のことになりますが、県内の有望選手が進学した中学校に柔道部がなかったことから、小学校時代の指導者、保護者と一緒に学校を訪問し、鳥取県中学校総合体育大会への出場を認めて頂きたいと要望したところ、以下の「教育方針」という壁に跳ね返されました。
〇現在あるクラブ部活動以外の中学総体への出場は認めない。
〇働き方改革による時間外勤務の縮減を求められている。当校教員に今以上の負担を強いる訳にはいかない。
また、長年に亘り八頭郡八頭町で郡家少年柔道クラブを率いている向井恒夫先生から「毎年4月に郡家少年柔道クラブへの勧誘を目的とした広報チラシを1000部作成し、今年も町内の幼稚園、小学校に配布したが新規入会者がいなかった。例年、数名の入会があるのに...」との話を伺うなど、厳しい現実と向き合っています。
本との出会い
そうした中、私が警察官となり退職した現在においても公私共大変お世話になっている角田達彦鳥取県柔連名誉顧問から「ここに醍醐敏郎先生から頂いた本がある。面白いから読んでみろ」と1冊の本を手渡して頂きました。
その本は、小説家・戸川幸夫のノン・フィクション史伝小説『小説 嘉納治五郎』で、月刊誌『武道』に1985年10月から1989年5月まで連載されていた「師弟 嘉納とその門人たち」を中心に取りまとめられたものでした。内容は嘉納師範に従って講道館柔道を築き上げていった門人たちに的を絞り、談話や記録の多くに出典が書き添えられたもので、1週間ほどで読み終えました。
この本が少々落ち込んでいた私には一服の清涼剤となり、落ち着いて現状を見詰め直すと共に、自身の中でボルテージが下がっていた「何くそ精神」の大切さを再認識させられました。読者の皆様方の多くはご案内のこととは思いますが、その記述を原文のまま紹介したいと思います。
それは、財界の梟雄と称された五島慶太の著作『事業をいかす人』の中で、高等師範学校長時代の嘉納師範の講義の思い出が書かれているところです。
「高師では一週間に一回、嘉納校長の修身科の講義が有ることになっていた。ところが、この講義というのが全く変わっていて、最初から最後まで"なにくそっ"の一点張りで、他の事は何も説かない。これは柔道からきた不屈精神の鼓吹だろうが、勝っても負けても、どっちに転んでも"なにくそっ"という訓えだ。私は最初は変な先生だな、と思っていたが、これを一年間繰り返し繰り返し講義されていると、叩き込まれるというのだろう、なるほどそんなもんかな、と解るような気がしてきた。しかし、体験していないから肌に感じて理解するというところまでは行っていない。ところが学校を終えて世の中に出てみると先生の訓えが本当に解った。学校ではむろん英語だとか地理歴史とか教育学だとかいろいろ教わり勉強もした。ところがそれらの大方は忘れてしまったが、今日でも頭に残り、一番役に立ったのは、この"なにくそっ"だった。これさえ忘れなければ、どんな困難にぶつかってもやってゆける、という信念が生じた。嘉納先生の訓えには嘘はなかった」。
今後に向けて
私は第二の人生について、小学生と向き合い投げて投げられて汗を流し、小学生の成長と自身の老いを感じながら少年指導に携われたら最高であると思っていました。
道は違いますが、本県北栄町立大栄中学校の美術教師であった吉田たすく先生(故人)は、剣道部の1人の少年に「君の絵は面白い。もっと描いてごらん」と声を掛け、少年は絵が好きになり、やがて『名探偵コナン』で有名な青山剛昌氏になったというエピソードがあります。私も、このエピソードに負けないくらいの柔道選手を育てたいという大きな夢を持っています。
現在、鳥取市武道館柔道教室で「正しい技と受身を身につけよう、相手を尊重し無理のない稽古をしよう、美しい心・感謝する心は美しい道場から」などの指導方針のもと、子どもたちが持っている潜在能力をどうすれば引き出せるのかと試行錯誤を繰り返しています。この少年指導を実践していたところであり、会長就任は想定外の出来事でありました。
今後は、会長としての任務、少年指導にと「何くそ精神」と「何事も通過点、次へ」との前向きな気持ちで、微力ではありますが嘉納治五郎師範が創始された日本伝講道館柔道の普及・発展の一端を担う所存でいます。
(鳥取県柔道連盟会長)
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