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今月のことば

2016年9月号

リオから東京へ「柔らかな力」

橘川謙三

 

 富山県柔道連盟の会長を務めて9年目に入り、今年度から北信越柔道連盟会長に就任しました。今までよりさらに責務の重さに身の引き締まる思いでおります。
 これらの立場を踏まえ、柔道を通して何に向かって行かなければならないのか、それは日本の中の北信越柔道連盟のエリアに留まらず、世界の柔道に躍進するグローバルな視点に立って、大きく先を見据えた感性を持つことだと思います。
 今、私たちは決して忘れてはいけないのです。何のためのオリンピックなのか。前回の日本の復興を遂げた東京オリンピックと違います。今、大切なのは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けての人間教育ではないかと思われます。オリンピック理念や海外のマナーを学び、日本人としての自覚を持った立場を失うことなく、国際的な視野を広め、世界平和への態度を養うことです。19世紀末、クーベルタン男爵が近代オリンピックを創設したのは、スポーツを通じて「肉体・意志・精神」を磨いた人材により社会の平和を構築するためなのです。この考え方は同時期にあって、柔道や教育を通じて「精力善用・自他共栄」の思想を持つ人材育成を目指した嘉納治五郎師範とも共通しています。
 嘉納師範は日本が初参加したストックホルムオリンピックでは団長として参加しています。そして、アジアから初めての国際オリンピック委員会の委員となり、オリンピックを世界の文化にするには欧州中心からアジアの日本で大会を開催することが必要と考えました。そのことが2度目に行われる2020年東京オリンピックに繋がっていると思います。そのオリンピックを理解した都民や国民が真の国際人として、日本を世界に発信できる教養も身につけてほしいものです。他者への配慮を基調とする日本の和の心(おもてなしの心等)を世界に発信できれば、これからのオリンピック運動へ貢献できるのではないでしょうか。
 つい、5ヵ月前まで小学生の孫娘がTVの前で朝ドラ「あさが来た」の主題歌「365日の紙飛行機」を声に出して「AKB48」と一緒に歌っていました。「人生は紙飛行機」「飛んで行け!」「飛んでみよう!」。でも、今は「とと姉ちゃん」の宇多田ヒカルの歌ですが。
 まだ、記憶に新しく連続テレビ小説「あさが来た」をご存知の方も多いことと思います。これは、時代に先駆けて銀行、生保を設立し、後には日本最初の女子大学設立に尽力した実在の人物・広岡浅子さんをモデルにしたドラマです。このストーリーには教えられることが多々ありました。特に後半に入ると、明治の女傑と呼ばれた広岡浅子さんは、家業を譲った後は、女子教育の確立を目指し、さらに女子高等教育機関の創設へと向かいました。先進諸国に比べて遅れていた日本の女子教育の必要性を訴える成瀬仁蔵の真摯さに心打たれた浅子さんは、関西・東京の政財界の主立った人物に協力を求めて奔走します。ここにドラマには現れなかった事実があります。それは広岡浅子さんと嘉納治五郎師範との接点です。日本女子大学の創立委員(32名)大隈重信、西園寺公望たちの中に、講道館柔道の生みの親である嘉納師範もその1人として名を連ねていました。明治34年4月、目白ヶ丘の地に日本女子大学校が開校されました。そのときに広岡浅子さんが残した言葉の中に「この世界をよくするには、女性の柔らかな力が必要なのです」という言葉があります。これは柔道の「柔能く剛を制す」に通ずるもので、まさに今の時代にぴったりの言葉ではないかという思いがします。社会で女性が働くことは今でもやはり難しいことがあると思います。しかし、男に負けないように立ち向かっていくというよりは、女性のしなやかな柔らかさを活かしてこそ、能力を発揮する人たちが生まれてくるのではないでしょうか。
 男子柔道と女子柔道の違いを見てみると、体重区分から始まり、服装規定の違い、そして1番大きな違いは身体的・機能的な違いです。男子の持つスピードとパワー。女子の持つ柔軟性と巧緻性、それぞれの身体的特性を持っています。いろいろ考え方はありますが、そのような観点から見ると、いつか女性の特性を活かした、理にかなった女子柔道特有の試合審判規定ができる時代が来るのではと思っています。
 北信越からは、富山から70kg級の田知本遥選手と石川から57kg級の松本薫選手が、ロンドンに続いて2度目のオリンピック出場を決めています。松本選手については2連覇への挑戦となり、私の孫弟子である田知本選手にとっては、ロンドンのリベンジとなります。
 過日、田知本選手のオリンピック出場激励壮行会が小杉のラ・ポールで行われました。そのセレモニーの中で小学生の男子が「僕は、身体が大きくて力があります。でも、野球やサッカーをやりたいのですが、お父さんは柔道をしなさいと言います。僕はどうしたら良いのでしょうか?」と質問すると、彼女は「私も同じです。私も最初はピアノをやりたかったのですが、柔道をしていくと、勝つ楽しさや面白さが分かってきたので、あなたも騙されたと思って柔道をやってみれば良いと思います」(爆笑)。いや、これは大事な質疑応答です。親と子、そしてオリンピック選手とが絡んだ素敵な場面でした。きっとこの男の子の家族は、柔道を通じて親が子どもを理解し、子どもが親に感謝するという絆を持つ家族になるのではないかと思います。その子の素材を見抜ける力を持つ指導者は、たぎる情熱を持ち、それが子どもたちの心に響き、親を動かし、地域を巻き込んでいくことができ、それが柔よく剛を制す「柔らかな力」に繋がっていくのではないでしょうか。
 2020年東京オリンピックに向かってのプレリュードはすでに始まっているのです。北信越には松本薫選手・田知本遥選手らに「拮抗する選手」「続く選手」「乗り越えようとする選手」がいます。そのすべての彼女たちへ、エールを贈りたいのです。大きく翼を広げ、世界へ、そして2020年東京の夢に向かって羽ばたく若き黒帯の天使たちに。
 「飛んで行け!」「飛んでみよう!」「飛んで行け」「飛んでみよう!」
(北信越柔道連盟会長)

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