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今月のことば

2011年09月

戦後からの高知県柔道を顧みて

坂本 秀忠

 戦後の社会的、文化的、経済的にも大変厳しい状況の中、柔道に情熱を持ち復興、発展、向上にご尽力されました諸先輩の先生方に心を打たれ感謝する思いで顧みます。
 昭和23(1948)年、それまで一般に開放されていた高知県警察練習所の道場で柔道を指導していた丸の内柔道クラブと高知市内の柔道高段者有志で経営していた京町の道場の関係者が連係し、さらに効率的な高知県柔道の普及発展に寄与すべきであるという見地に立って、初代会長に斉藤琢磨先生(元高知市議会議長・六段)、指導者に本田豊明先生を選出し、事務所をはりまや道場に設置し、ここに新生高知県南海柔道倶楽部が待望の発足となった。
 同年5月20日、役員一部改選があり、同年12月25日の定期総会で斉藤琢磨会長が辞任し、後任会長に福井春政先生(七段)が選出され、団体名も高知県柔道協会と改められた。はりまや道場では昭和23年5月2日の第1回全日本柔道選手権大会に出場された秋沢邦夫先生、昭和27年の全日本柔道選手権大会に出場された川添利雄先生(後の理事長、会長)や、高段者の諸先生方が熱心に指導並びに稽古された。
 昭和26年、はりまや道場から、高知市本町4丁目に、高知県柔道協会本部道場として移転した。この本部道場では協会主催の行事である昇段審査会や各種柔道大会が実施されたが、少し狭いため高知県警察練習所で実施される大会もあった。また、本部道場では、昭和35年全日本柔道選手権大会に出場された岩貞信行先生や、36年、37年に出場された尾崎保夫先生など選手として活躍された多くの方々や協会所属の高段者の先生方が、毎日熱心に指導並びに稽古に励まれた。
 昭和38年8月、高知県立致道館が高知公園敷地内に完成したので本部道場は解消され、高知県柔道協会主催の行事等は県立致道館で実施されることとなった。その後の昭和54年11月1日、待望久しい高知県立武道館が開館し、現在に至っている。
 四国4県対抗柔道大会が、四国4県の柔道の技術向上、発展と親睦の趣旨のもと昭和22年3月に第1回大会が香川県高松市野球場で開催され徳島県が優勝した。以後、毎年この大会は継続され、昭和27年からは全日本柔道選手権大会四国地区予選を兼ねた第1回四国柔道個人選手権が同時に実施され、川添利雄(高知)、池田頼一(高知)両選手が全日本柔道選手権大会に出場した。また昭和58年から全日本女子柔道選手権大会四国地区予選を兼ねた第1回四国女子選手権が同時に実施され、平田裕美(香川)、小笠原衣沙子が全日本女子柔道選手権大会に出場している。
 次に本県より全日本柔道選手権大会並びに全日本女子柔道選手権大会に出場された選手を挙げる。昭和23年秋沢邦夫、昭和27年川添利雄、池田頼一、昭和33年〜43年松永満雄(9回)、昭和35年岩貞信行、昭和36年、37年尾崎保夫、昭和38年河野親安、昭和49年、53年、58年門田幸延、平成13年、15年中田善久、平成15年、16年、17年廣川充志(以上男子)。
 昭和58年小笠原衣沙子、昭和61年宇田多水子、平成8年坂東真夕子、平成9年、11年国澤操、平成10年〜13年、15年〜17年古味由子、平成14年、15年徳田美由樹、平成18年和田麻未、平成19年柿内沙也香(以上女子)。
 特に昭和41年、全日本柔道選手権大会で松永満雄選手が7度目の出場で念願の優勝を成し遂げられた時は、県民全てが祝福し柔道関係者はもとよりスポーツ競技者に勇気と希望を与え、感激一入であった。
 この大会も廣川充志選手が出場した平成17年以後出場者が無く寂しく感じており、早く出場選手が出現される事を待望している。
 近年は、少年柔道が盛んに成りつつあり、中学校、高等学校へとつながりを持ち、中学生、高校生で全国大会において優勝、そしてジュニア国際大会でも活躍する選手が出現している。柔道関係者として明るい希望を持ち、さらに柔道人口の拡大、向上、発展に努めなければと思っている。

(高知県柔道協会会長)

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