今月のことば
2011年05月
当世「形」事情
小俣幸嗣
柔道の技は形と乱取によって稽古するように示されています。それらは文法と文章の関係に喩えられ、さらに車の両輪の関係にあると説明されています。しかし、乱取の稽古は興味が沸くため盛んに行われるものの、一方の形が閑却されている事実は嘉納師範の時代からの課題でした。師範の晩年に始まった全日本選士権大会では、競技の優秀者を選考するのと同時に、いろいろな形の演技が行われています。昭和39(1964)年の東京オリンピックでも形の演技が行われましたし、現在の全日本選手権大会においてもその流れは続いています。
競技化が進んだ今日では、勝負柔道一辺倒に対する警鐘として、形の重要性を指摘する声も増えています。しかし、多くの場合は昇段審査の課題として取り組むのが普通であり、人前で演技できるのは限られた人たちであったというのが実際だと思われます。形は発表の場が限られていたためか、稽古への動機づけが難しかったようです。
形の普及策の一つとして、競技化をめぐっては過去幾度となく検討されてきたことでしょう。そもそも競技として行うべきかどうか、どのような形式が望ましいかなど、議論が沸騰したであろうことは想像できます。
国内では競技化に対し、形の本質を損なう恐れがあるという立場から慎重でしたが、生涯柔道の観点から普及を図るべく、平成9(1997)年に全国大会開催に踏切りました。その後10年を経た平成19(2007)年には、講道館の名を冠した第1回講道館形国際大会も開催されるにいたりました。
こうした動きに呼応するように、国際柔道連盟も平成21(2009)年から世界選手権を開催しています。さる3月には、第1回アジア選手権大会がバンコクで開催されました。日本での10年を経て、この数年で一気に国際化が加速しているといえます。しかし、まだ普及に偏りがあることや、日本代表選手が当然のように優勝を独占している実状もあり、国内での話題性や認知度は今ひとつのようです。
国際柔連での組織的な普及は、中村良三元教育コーチング理事が、平成12(2000)年にローマでIJF形セミナーを開いたのが嚆矢とされています。講師は醍醐敏郎氏、佐藤正氏、仙石常雄氏でした。欧州では普及の歴史を物語るようにいろいろな形が流布しており、必ずしも講道館のものとは限らなかったようです。近年、欧州で競技化が始まるときは、講道館発行のビデオをモデルとしてスタートしました。このため映像によって動作が具体的に統一されていくことにはなりましたが、その一方本来広範に解釈されるべき現象や動作が矮小化され、曲解されるという状態も生じてきました。
このような状況で、講道館の形講習会に外国人修行者の数が日本人を凌ぐまでになってきました。さらにこの3月には、歴史的な事業といえる国外初の講道館形講習会が、欧州のクロアチアで行われました。そこでは夏期講習と同じ7種の形の講習に加え、演技の審査と「習得証」などの免状が発行されました。
日本伝来の柔道が国際化することによって、正しく伝わらないことへのいらだちは、形に限らず以前から指摘されてきたことです。それらを補う意味からも、日本に足を運べない人たちのところに出向いて「本物」を伝えることは、日本の使命ともいえるでしょう。
講道館の形講習は単に競技に向けてのものでないことは、あえて言うまでもないことです。審査では取と受両方の演技を行わせ、その習熟度に応じて三段階の認定をしています。これは形の演技に対する重要な見解で、競技化が進む中意味のあることです。
その一方、競技の普及が進んでいる現状で、形の審査基準を整備していくことも必要です。理合いに従っていれば身体の位置や方向などはその結果であり、従って細かく規定されるものではないという見解が国内では一般的です。しかし、背景が異なる人たちの間で、共通認識をどのように作っていくかという点も考えなければなりません。
また審査員に関しても国際柔連、アジア柔連など国際組織が制度化している状況にあって、国内の状況も従前と同じではいられないでしょう。採点競技である以上、最終的に審査員の技術観が影響するのは避けられないことでもあります。しかし技の理合いを習得し表現するのが形であるという、本来の価値観を共有できるような審査員であってほしいものです。
これらの新たな課題をどう整備していくかが今後の課題といえます。
先達が培ってきた形という財産を継承しさらに発展させるためにも、日本柔道界に積極的な取り組みが求められています。
(全日本柔道連盟理事、全日本柔道連盟総務委員会委員長)
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