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今月のことば

2010年07月

昔の手振りゆめゆめ忘るるな

中林 厚生

 いまや日本伝講道館柔道は、世界の柔道となった。国際柔道連盟(IJF)への加盟は199の国と地域に亘り、競技人口は約一千万人とも言われている。その結果、オリンピックや世界選手権大会でも、日本が劣勢に苦しむ場面も多くなった。加えて、世界の勢力図も徐々に変化している。その中で、メダル獲得は大会参加国の25%以上に分散している。オリンピックや世界選手権大会等ではメダルを獲得したことのない国がメダルを手にする等、新興勢力の台頭が見られる中、かつての伝統的な強豪国(キューバ、ブラジル、ドイツ)が大幅にメダル数を減少させている。
 このように日本発祥の柔道が、柔道界の後進諸外国にリードされたりすることが「無きにしもあらず」という今日の劣勢下では、祈るような気持ちで事態の打開策を検討することが大切である。そこで根源に立ち返り、柔道の創生・誕生の時代を振り返り、先達たちによる苦心開拓の原点の精神を肝に銘ずべきであると信じている。

 明治10年東大に入学した嘉納師範は、天神真楊流の福田八之助、磯正智から柔術を学び、さらには起倒流の飯久保恒年からも学ぶなどして柔術諸流派の長所を集大成し、最高学府の学問に裏付けのある工夫と発明を加えて、「人間完成の道」柔道を完成された。「道」とは、?人の世の道理であり、東洋思想の徳義・節制・鍛錬の意味とともに、?手段、手だて、寄って立つ足場という意味もある。西洋流の体術であるレスリングやサンボは、専ら?の技にのみ意識が向けられているが、柔道では前記?の「道」が本体である。「道を講ずる館」の意義が講道館柔道の由来である。
 したがって柔道を学ぶ初心者には、まず「道」の中身が、「精力善用・自他共栄」の道を学ぶことにあることを、正しく教えねばならぬと思う。次にその手段として、各種の技を鍛錬によって合理的に学ばねばならないことを伝えることが、柔道指導者の基本であることは周知の事実である。

 カナダ・モントリオールオリンピック(1976年)柔道競技無差別で優勝された上村春樹現講道館長ほか、多くの名選手や名指導者を育成された盲目の柔道家、土谷新次先生(八段)は、筆者にとって最も尊敬している指導者であり、柔道家であった。土谷先生曰く、「毎日500本の打込で基礎作り」、その中で「腰を曲げず、自然体で、腕に力を入れず、軽く持て」「足の指で畳をつかむように立て」「足技を多く使え」等であった。戦後の日本の中でいち早く(昭和21年)に17・5畳の道場を開き、柔道一筋、50有余年間弟子の育成に努力精進されて、現在は息子さんが道場を引き継ぎ、今日でもその柔道精神は脈々と受け継がれている。

 柔道が国際化に普及発展すると共にIJFによるルール改正が本来の柔道そのものに大きな影響を与えると危惧していたのは筆者ばかりではないと思う。
 今回のIJFによるランキング制度導入とルール改正は、これまでヨーロッパ諸外国が得意としてきた「足取り」等が規制され、本来の柔道スタイルに向け、明るい兆しが見え始めている。このような状況であればこそ、柔道の原点である『「道」の教え』を基軸としながら、様々な変化に対応していけるよう日々鍛練することが肝要であろう。

(熊本県柔道協会会長)

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