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今月のことば

2012年07月

「温故知新」

乙部満生

 まさに激動の時代となったこの1、2年の間には、東日本大震災、タイの大洪水、ヨーロッパにおける経済危機等、国の内外を問わず、予想していなかったことが次々と起こりました。世の中の変化の大きさに、従来の価値観では対応できないことがあまりにも多く起こっています。この傾向がまだまだ続こうとしている現在においては、どこかの国の片隅で起こった小さな事柄が、瞬時に世界中に発信され、そのさまざまな反響がすぐに返って来ています。それに対応するには、多くの情報をキャッチする大きな目と耳、そしてそれを整理し、現状を把握しつつ、先を見通して決断し、行動することが求められていると思います。

 そこで、こんな時代だからこそ私は「温故知新」という言葉を大事にしたいと思っています。「故きを温(たず)ねて新しきを知る、以って師と為すべし」これは論語の中で孔子が述べた言葉です。これは、「過去の人々や彼らの事跡を、さながら肉をとろ火で煮詰めて精髄を得るようにていねいに思い、かつ考え、そこから得た知恵、教訓を基礎として、新たに起こる事態の意味を的確に把握する」ということを意味します。

 私は柔道を習い始めたとき、「柔道は礼に始まり、礼に終わる」と教わりました。柔道の技は相手との関係でなされるものであり、その稽古は相手があって成立します。相手は自分の技を高めてくれる大切な存在であり、互いに助け合い、感謝し、敬意を払うべき存在です。柔道の修行において自分と相手は、助け合い、譲り合い、融和協調して、共に栄えることを目指す関係となります。礼節を重んじる、なかでも、私は挨拶をするということを心がけています。挨拶には「ひらく」という意味と「せまる」という意味があります。まさに自他共栄の精神です。

 目前のことに一生懸命になっていると相手や周りの状況、時には自分自身が見えにくくなることがあります。場合によっては、相手に自分の価値観を押し付けているだけということもあると思います。そんな時、ちょっと立ち止まって、振り返ってみると、心に余裕が出てきます。物事の経過や相手の様子、自分自身がよく見えるようになります。そのとき「精力善用・自他共栄」の8文字をかみしめてみると、自ずと自分のなすべきことが明白になってきます。今年は明治15年に嘉納治五郎師範が東京・下谷にある永昌寺の書院を道場として講道館柔道を創始されて130周年という節目の年となります。長い歴史と伝統を持ち、日本を代表するスポーツである柔道は嘉納師範の説かれている「人間形成の道」であります。心身の持つすべての力を最大限に生かして社会のために善い方向に用いるという「精力善用」の精神と、相手に対して敬い、感謝することでお互いに信頼し、助け合うという「自他共栄」の精神を基本理念としています。勝つことだけを目指すのではなく、心身を鍛え、生きる力を育む柔道は「JUDO」の名のもとに国際的な競技となり、世界各地で国際大会が開催されています。いずれの大会でも日本代表選手の活躍は目覚ましく、その活躍ぶりを見るたびに大変頼もしく思っています。今年はイギリスのロンドンでオリンピックが開かれます。日本人選手の活躍を願っています。

 常日頃から、先人たちの知恵を判断の土台、心の糧として持っていることができるように「温故知新」という言葉をこれからも大事にしていきたいと思っています。

 終りに、今年4月から中学校において武道が必修化されました。必修の授業では柔道が多くの中学生に学ばれますが、柔道の持つ教育的な特性を理解して貰うとともに、武道としての柔道を理解してもらうことも大切だと思います。ここに、昭和62年に日本武道協議会が制定した武道憲章をを紹介します。
  (目 的)
第一条  武道は、武技による心身の鍛錬を通じて人格を磨き.識見を高め、有為の人物を育成することを目的とする。
  (稽 古)
第二条 稽古に当たっては、終始礼法を守り、基本を重視し、技術のみに偏せず、心技体を一体として修練する。
  (試 合)
第三条 試合や形の演武に臨んでは、平素練磨の武道精神を発揮し、最善を尽くすとともに、勝っておごらず負けて悔まず、常に節度ある態度を堅持する。
  (道 場)
第四条  道場は、心身鍛錬の場であり、規律と礼儀作法を守り、静粛・清潔・安全を旨とし、厳粛な環境の維持に努める。
  (指 導)
第五条  指導に当たっては、常に人格陶冶に努め、術理の研究・心身の鍛錬に励み、勝敗や技術の巧拙にとらわれることなく、師表にふさわしい態度を堅持する。
  (普 及)
第六条 普及にあたっては、伝統的な武道の特性を生かし、国際的視野に立って指導の充実と研究の促進を図るとともに武道の発展に努める。

(三重県柔道協会会長)

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