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今月のことば

2014年04月

「講道館柔道」に思いをよせて

五十嵐 寛司

 小説『姿三四郎』(富田常雄著)を数年振りに読み耽り、感慨を新たにした。少年の頃、片田舎の超満員の映画館で恒間見た黒澤明監督の名作『姿三四郎』の場面を思い起こし、記憶が更なるものになった。映画冒頭のシーンでは、暴漢数名に襲われた矢野正五郎が川面を背にし、襲撃してくる相手を一喝し、特別な危害を与えることなく、軽やかに水中に沈め、平然として人力車に乗り立ち去っていく。何度思い出しても陶然とする矢野正五郎の人間愛、師弟愛が私を虜にした。ここから「柔道」に惹かれて行ったことは言うまでもない。そして私は、多くの良き「師」に恵まれ、同志、仲間と努め、競い、お互い励まし合いながら苦楽を共にし今がある。  世田谷の松陰神社前駅から、玉電(編輯部注)に乗り山手線、中央線と乗り継ぎ、水道橋駅前の講道館へ、道路を渡り正面玄関の階段を登り大道場に立つ。熱気に身を任せ、無我夢中に稽古をお願いする。電車に揺られて帰る。あの充実感を味わった記憶はそれ程昔のことではない。この様な柔道の効果、活用は、現在でも出来ない訳はない。  人気漫画『イガグリくん』はじめ『柔道部物語』※など、柔道は多くの漫画作品に登場する。作者の柔道体験や着想が時代背景と絡みあって、柔道愛好者や子どもたちに勇気と希望を与えてくれた。さらなる作者の出現が待ち望まれる。  地方組織、連盟の活性化と、スポーツ少年団の充実が「日本柔道」躍進のための原動力であることは言うまでもない。それに携わる関係各位は、講道館柔道の良き伝承者であり、振興・発展のための立役者である。その尽力、労苦に対し深甚なる謝意と敬意を表し、一層の努力を希求する。  「人間形成」への過程を信条とする「講道館柔道」と勝負を最優先する「JUDO」との両者には、出発点もその意図することにも大きな差がある。現場の指導者も、競技する人も、そのことについて、戸惑いと違和感を覚えながら、懸命に取り組んで居られることと思う。自問自答し前向きに取り組んで自身も鍛えてほしい。「講道館柔道」を標榜する時「精力善用・自他共栄」と多くの柔道関係者はこれを口にする。「言うは易し行いは難し」、しかしその解釈は、嘉納師範の理念を逸脱しない限りいずれも正解であると思う。指導者も関係者もそれぞれの立場で語り合い、臨機応変に活用し活かすべきである。手段、方法も千差万別であって然るべきである。  「正しい柔道」「一本とる柔道」を推進するということは、言葉の上で大方の関係者も理解出来ていると思う。但し、試合や勝負することとなると、どのように結びつけるかは、練習の過程と対比すると相当難解である。  数年前、某金メダリストとの会話の折り、「正しい柔道」とは何ですかと問われたことがある。彼、曰く「規則を柔軟に解釈し、応用出来て勝ちを得ることも、試合する立場からみると"正しい柔道"と言うのではないか」と、云々された。それも頷ける。投げて抑えて機先を制す。悩ましく課題もある。  昨今、柔道人口の減少が危惧されている。20万人の登録会員が多いのか、少ないのか。しかし、講道館の創生期、下谷永昌寺の玄関で只管、寒室に堪え、入門者、門弟を待ち続けた、先人の労苦を想起すれば徒に悩むことはない。一歩後退、二歩前進、別途には光明が必ずある。道は無限に開いている。  「講道館柔道」は今後もこれからも嘉納師範の魂を伝承し、遍ねく啓豪して行く責務を背負っている。そして斯道推進向上のため、全国の門下生と共に努力し、幾久しく歩んで行きたい。

(北信越柔道連盟会長)

※漫画『柔道部物語』の作者、小林まこと氏は私の教え子で彼の高校時代、3年間修行を共にした。

(編輯部注)渋谷駅〜二子玉川園駅、および三軒茶屋駅〜下高井戸駅間を走っていた東急玉川線の愛称。昭和44年渋谷駅〜二子玉川園駅区間は廃止され、三軒茶屋駅〜下高井戸駅区間は世田谷線として現在に残る。

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