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今月のことば

2010年09月

柔道を生きる力に
   ― 和歌山国体を契機に ―

谷口 久雄

 平成21年12月、和歌山県柔道連盟の戸村達公前会長より引き継ぎまして9ヵ月がたちました。いまだ、慣れぬことも多く「会長として申し上げる」ほどのものがないというのが本音です。それゆえ、柔道に対する私の思いと本県柔道の現況、目指すところを申し上げたいと存じます。

 私は昭和44年に和歌山県に高等学校教員として採用され、45年の全国高等学校総合体育大会、46年の黒潮国体を経験した後、県教育委員会の勤務を拝命いたしました。その後32年間の教育委員会勤務、4年間の高等学校勤務を経て退職後今に至っております。

 定年の後には縁あって和歌山市内の病院に職を得ました。そのかたわら「ようやく好きな柔道が自由にできる」と週に2回、小学生を中心とする柔道教室のお手伝いをしつつのんびりと過ごしておりました。

 ところが、またしてもご縁あってか、「県の体育施設の管理をお願いしたい」と県立施設指定管理団体よりお声がかかり、再び多忙の日々を過ごすようになっておりました。そのようなときに、思いもよらぬことに、県柔道連盟より会長就任のご指名をいただいたのです。正直に申し上げて、競技者としての実績や指導者としての功績も少ない私に務まるものかと、困惑とためらいの中お受けいたしました。何よりも好きな柔道を本県でさせていただいたこと、多くの方々にお世話になった私にできる唯一の恩返しと思ったからです。

 会長を拝命する以前から私は県下の指導者の方々に次のように語って参りました。「柔道の好きな子どもつくって欲しい」「柔道を長きにわたって続けられる人間を育てて欲しい」と。もちろん、強くなることや試合で結果を出すことは望ましいです。それ以上に柔道で人生と社会を豊かにする人間が育って欲しいのです。私自身もけっして強い選手ではありませんでした。好きであるゆえに続けることができ、微力ながらも尽すことができたように思います。職務柄、柔道に関われない時期が長く続きました。それでも、毎年の始め、県柔道連盟の寒稽古には特別な理由がない限り、欠かさずに参加いたしました。朝まだ暗く、寒さの厳しいときに柔道衣に着替え、畳を踏み、多くの仲間と汗を流す。「これから一年が始まる。今年も頑張ろう」という新鮮な気持ちが湧き起こります。特に、子どもたちには柔道を好きになることで、練習への意欲が高まり、様々な面で強くなることを望みます。そして将来にわたって柔道を続けることで人生を豊かなものにすることを願っています。加えて、子どもたちが好きになることを通じて、本人たちはもとより、保護者や周囲の方に一人でも多く柔道の理解者、応援者が増えてくれれば、という思いもあります。

 現時点での本県柔道界は決して活発とは申しがたく、競技力の面でも、個々の指導者の努力が必ずしも大会の結果につながってはおりません。正直、競技力のレベルは高いとは申せません。昨年の国民体育大会近畿ブロック大会では、予選を通過した種別はありませんでした。5年後の平成27年には和歌山県で国民体育大会が開催されます。前回、昭和46年の黒潮国体においては高等学校、教員の部で優勝、一般も三位と当時の全種目に見事な成績を残し、総合優勝に大きく貢献いたしました。それだけに今さらながらに大きなプレッシャーを感じております。

 それだけが理由というわけではありませんが、近年、小学生には県下少年団組織による合同練習会を実施するようになりました。こういった取り組みを進める中、本年度は和歌山市にある正木道場が、全国少年大会で準優勝という成果を見せてくれております。また、来年度、本県で開催される全国中学校柔道大会に向けて、県中学校体育連盟を中心とした取り組みも着実に成果を見せてくれております。言うまでもなく、高等学校、一般も含めて指導者、競技者、保護者の意識も高まり、少しずつではありますが、力をつけていることを実感いたしております。

 その中、私自身は会長を拝命して以来、県内の柔道関係行事にはほとんど出席をするように心掛けて参りました。そこで感じることですが、指導者の取り組みや柔道ルネッサンス活動の成果でしょうか、各選手たちのマナーの向上著しいものがあります。些細なことですが、例えば会場の手洗い場では使った後の履き物が整然と並べられる様子は過去と打って変わったものがあります。このようなところにも日頃より柔道に携わる方々の心意気を感じることができます。ただ、残念ながら、応援や観戦の方々には苦言を呈さねばなりません。開会式や表彰式で選手たちが整列をしているとき、観覧席で声高な私語がやまない、再三の注意にもかかわらず式の開始が遅れるという恥ずかしい事態もしばしばありました。子どもたちの柔道に関心を持ち、応援、声援をいただくことは本当にありがたいことです。しかし一部の心ない大人によって雰囲気が乱されることは、子どもたちにもよくない影響を及ぼすものと残念に思います。それだけに今後、私どもは教育としての柔道という面での取り組みがいっそう大切になるものと受け止めております。

 教育と申せば、中学校における武道の必修化については皆様方も大いに関心をお持ちのことでしょう。私もこれは、体育科の一教材となったに過ぎない、しかし、これをいかに活用し教育的効果を上げるかということに心を寄せております。私が申すまでもなく全日本柔道連盟におかれましても指導の充実を図るために指導者研修会を始めとする取り組みをされております。その中で我々自身、人任せでいてはなりません。柔道には柔道の持つ本質的な特性があり、これをいかに「教育に活かす」かが大きなキーワードです。単に技能、形式のみを教えてそれで終わりでは、必修化された意味が希薄化することは否めません。かつて教職にあった私ですが、柔道の中心にある嘉納師範の理念と哲学、これを生徒に伝えることが重要だと感じています。礼法をみても、「形」だけを教えるのではなく、その必要性、意義、とりわけ「礼をする気持ち」を体得させることはそのまま彼らの日常の暮らし、さらには将来に生きるはずです。本質に触れさせることで嘉納師範の掲げられた理想の体得が可能になります。それだけ、柔道には人格の形成に資する多大なものがあると信じております。

 かつて私が受けた教えの中に「教育とは人格の感化なり」という言葉があります。柔道に限らず指導者が自らの研鑽と自省を忘れず、熱意をもって指導に当たればその指導者の人格は必ず引き継がれるでしょう。したがって、自身の未熟に気づかぬ指導者、例えば試合に勝つことだけにこだわる指導者の下では子どもたちの人格的な高まりは期待できないのではないでしょうか。高い物言いを承知の上で申し上げます。私自身も含めてそれぞれの指導者が努力を怠っていたのでは今後の柔道の発展に多くは望めないものと思います。

 国際大会等で日本の選手たちが活躍することで青少年に夢と感動を与えることは素晴らしいことです。それに劣らず柔道の持つ教育的意義を忘れぬ限り、柔道はより多くの人々に受け入れられ、愛され、発展を続けていくものと信じております。

 終わりになりますが、来たる「紀の国わかやま国体」に向けて柔道会場となる新総合体育館も着工されました。県の正面玄関たるJR和歌山駅より徒歩約10分という至便の地です。県柔道連盟としましてもこのご理解とご支援に応えるべく選手の強化に取り組んで参ります。とともに、公益法人制度改革への対応、正しい柔道を指導できる指導者の育成、組織的な連盟の運営等多くの課題を乗り越えて参らねばなりません。非力な私ではございますが、幸いに県下には多くの「純粋に柔道を愛する」方々がおられます。率直なご意見を大切にしつつ県柔連をまとめることが私の役目。県下柔道発展の契機と心得て「紀の国わかやま国体」の成功に向けて全員一丸となって取り組んで参ります。全日本柔道連盟や講道館を始めとする全国の皆様にも是非ともご指導、ご協力を賜りますようお願いを申し上げまして、拙き筆をおかせていただきます。ありがとうございました。

(和歌山県柔道連盟会長)

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