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今月のことば

2020年1月号

年 頭 所 感

講道館長
上村春樹

講道館長 上村 春樹

 令和2年の新年を迎え、心からお慶びを申し上げます。

 今年は、嘉納治五郎師範生誕160年にあたります。この記念すべき年に、嘉納師範が生涯をかけて取り組まれたオリンピック・パラリンピックが東京で開催されますことを大変うれしく思います。
 嘉納師範が、クーベルタン男爵の要請により東洋で初めての国際オリンピック委員会(IOC)の委員となられたのは明治42(1909)年でした。クーベルタン男爵が近代オリンピックで目指した精神と、嘉納師範の考えに共通するものがあり、特に「スポーツを通じた青少年の健全育成」「国際交流による世界平和」に寄与するところが、「精力善用」「自他共栄」の精神に通じたのではないかと考えられます。
 嘉納師範は、その後、オリンピックへの参加のため、明治44(1911)年には大日本体育協会を発足させ会長となり、翌年には、日本が初めて参加することとなったストックホルムオリンピックに、金栗四三、三島弥彦両選手を率いて日本選手団長として参加しました。
 以後、嘉納師範はアジアで初めてとなるオリンピックの東京招致に奔走されました。その結果、昭和11(1936)年のベルリンオリンピック時のIOC総会における投票の結果、36票対27票でヘルシンキを破り、4年後の昭和15(1940)年の夏季オリンピック大会の東京開催が決まりました。しかし、残念なことに師範の没後、国際情勢の悪化により、この東京大会は返上を余儀なくされました。この幻の東京大会では、国技武道として柔道と剣道が、またチームゲームから野球が、「番外競技」として採り入れられることになっていました。柔道は1964年の東京オリンピックから正式種目として採用されましたが、もし、このオリンピックが開催されていれば、それに先立つ四半世紀前に、柔道がオリンピックに登場したことになっていたのです。
  「東京2020オリンピック・パラリンピック」の成功を心から祈ります。

 さて、昨年も、国内外において少年少女からシニア世代まで、また初心者から高段者を対象にしたものまで、各種の大会や講習会などが開催され、大変な盛り上がりを見せました。
 特に、8月には日本武道館でオリンピックのテストマッチを兼ねた世界柔道選手権大会が、143ヵ国・地域から828名の選手の参加のもと、盛大に開催されました。大会では、各国の代表選手が、互いに組んで、日頃の練習で磨いた技術、鍛えた身体と精神力で積極果敢な試合を展開し、極限のところで繰り広げられる攻撃防御が見ている人々を魅了しました。
 それに応えるように、審判員のレベルもかなり上がってきていますが、投技の評価については、映像確認のための中断が多く、ビデオに頼り過ぎることが気になりました。投技が施された際に、背中が着いたかどうかに注視するあまり、「勢い」「はずみ」があまり重要視されていません。もちろん、投技では相手を概ね仰向けに畳に投げなければなりませんが、「勢い」「はずみ」を伴って、はじめて投技としての価値が認められるものだと考えます。また、立ち姿勢、寝姿勢の判別も曖昧です。固技では、相手の背中を畳に着かせ、概ね向かい合って、上から抑え制するのが抑込技ですが、相手の背中が畳についていない状態や自分の体が相手の体の下にもぐり込んでいるような状態、また添い寝のような状態であっても、ただ相手が動くことができないからといって「抑え込み」を宣告するのは、抑込技の理合いに適っていないと考えます。
 これまで、試合審判規定については、様々に議論されてきましたし、またこれからもオリンピック周期で見直されてゆくものと考えます。講道館柔道の原点となる理念と技術体系を明確に示し、時代の変化に対応すべきことと変えてはならないことをしっかりと見極めながら、問答を繰り返し、柔道に根ざしている原理原則を発信していかなければなりません。
 今後も同じことの繰り返しになることが危惧されますので、投技とは、抑込技とは、また立ち姿勢、寝姿勢とはなどの定義を、明確な言葉で適切に説明できるようにしたいと考えています。

 世界柔道形選手権大会は、9月に大韓民国忠州(チュンジュ)市で開催されました。11回目となる今大会には、5大陸29ヵ国・地域から80組が参加し、日本選手は「固の形」「極の形」「講道館護身術」に参加、全てで優勝することができました。「柔の形」でドイツが、「投の形」でブラジルがそれぞれ優勝したほか、11ヵ国がメダルを獲得したことは、各国への形の普及が進んでいることを示す数字であると思います。今後のさらなる発展のためには、分かりやすく、簡潔に教える方策を検討するとともに、本物を求める修行者のための講習会の充実や指導者派遣を行います。

 昨年、国際柔道連盟(IJF)、フランス柔道連盟と連携して創った「子どもの形」は、柔道に触れるにあたり、まず学ばなければならないことを体系化したもので、国内からではなく、指導者の少ない海外からの要望によるものです。「投の形」への導入として、少年指導に効果的に利用できればと考えています。
 嘉納師範は、柔術には少なかった「効果的な指導」という概念を確立して柔道を創りました。私たちも様々なことを検討し、工夫しながら、指導法について研究していかなければなりません。
 更に奥義を追求することが、指導にかかわるものの責任です。柔道は教育であると発信するからには、教育についても自問自答しなければなりません。嘉納師範は、修行の方法を「形」「乱取」「講義」「問答」と示しました。「形」で理合いを学び、「乱取」で応用を工夫し、「講義」で知識を得て、「問答」で考える力を養うのです。最近「問答」が見直されてきていますが、答えを示すだけでなく、気づきを促すことも大切な教育法です。

 目新しいものを探すのではなく、先人が築かれた理念の本質を再認識し、分かりやすく発信してゆきたいと考えています。先日もIJFアカデミーの指導者が来館し、1週間に亘りVTR撮影を行いましたが、世界が講道館に求めているのは、柔道本来の在り方を示し、明確に答えること、発信することです。

 年頭に当たり、嘉納師範が創始された講道館柔道の原点に立ち返り、「競技としての柔道」の発展だけでなく、「教育としての柔道」「人づくりとしての柔道」を地道に粘り強く推進し、先達が築いてこられた講道館柔道の伝統を受け継ぎ、更なる歴史を積み重ねるべく、「精力善用」「自他共栄」の実践に努め、国内外に講道館柔道の精神とその本質を発信していく所存です。

 館員の皆様には、本年もご指導、ご支援、ご協力の程、よろしくお願いします。

 結びに今年が皆様にとって良い年になりますようお祈り申し上げます。

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