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今月のことば

2021年8月

温故知新

鳥居吉二


はじめに
 本年4月、第10代群馬県柔道連盟会長に就任しました。貴重な機会ですので、本県柔道の経緯や特徴をトピック的に取り上げ、現況や抱負などを述べさせていただきます。
 私自身は地元群馬の高校を卒業後、筑波大学にて、松本芳三先生、川村禎三先生、竹内善徳先生、中村良三先生に学びました。その後、群馬に戻り高校保健体育科教諭として奉職、柔道部顧問を務め長く柔道指導にあたりました。2015(平成27)年に退職した後は本県柔連役員として今日に至っています。
群馬県柔道の現在に至る強化策と成果について
① 全国高校総体について
 組織的に群馬県全体で強化活動をして全国規模で成果をあげた事業は、1969(昭和44)年に群馬県渋川市で開催された全国高校総体群馬大会(通称44総体)です。群馬県立前橋商業高校が、菊地定則部長、新井禮次郎監督のもと、教育委員会強化指定校制度により計画的に強化し団体第3位入賞を果しました。
 菊池先生の柔道哲学ともいうべき教育的指導理念を柱として、新井先生のウェイトトレーニングを主体とした計画的トレーニングの実践及び高校トップクラスの天理高校、嘉穂高校、砺波高校などへの長期遠征合宿など、徹底した合理的強化を行った結果でした。
② 第38回国民体育大会について
 全国高校総体群馬開催の14年後(昭和58年)に群馬国体がありました。群馬県開催が決まり、県知事を本部長とする実施本部のもと10年計画がスタートし、本県柔連も本格的な強化に乗り出しました。少年選手の強化指定育成制度、成年有力選手の群馬県就業推進、資金支援の後援会設立、審判員養成など、かつてない一大事業が始動しました。
 少年の部では小学生高学年から始まった強化計画は順調に進み、群馬国体年度の全国高校総体では、86kg級の吉原秀忠選手が全国優勝したのを筆頭に、5人全員が入賞しました。その秋に迎えた群馬国体本番では、決勝で神奈川を破り念願の全国優勝を果しました。
 続く成年の部は、関口恒五郎会長(当時)の指導のもと選手編成及び練習計画も順調に進み、本番では決勝で東京に敗れはしたものの準優勝を果しました。その結果、柔道は総合優勝し、天皇杯獲得に貢献することができました。
「関口杯大会」と群馬県柔道のルーツについて
 関口孝五郎先生の名を冠した関口杯大会は、1966(昭和41)年に始まり今年で53回目となる県下最大の支部対抗大会です。今まで県内の数多くの選手がこの大会で力を試し、関口孝五郎先生の遺徳を偲び育っていきました。現在は少年から壮年まで混合編成で、小学生2名、中学生2名、高校・成年5名、計9名エントリーの5人制で行っています。成年選手は小・中学生手に声援され、また成年選手は少年に助言し、質の高い試合が繰り広げられています。
 この大会は、明治の講道館柔道創成期に関口孝五郎先生が講道館で学んだ柔道を、群馬に持ち帰り普及発展に尽力した功績を賛え創設されたものです。28歳の若き関口孝五郎先生は、講道館で修行を積まれて群馬に帰るにあたり、嘉納治五郎師範から「弘道館」という道場名をいただき、群馬県への普及発展を託されました。1900(明治33)年、前橋に「弘道館」を開設し、多くの有為な門人を育成し世に送り出しました。「一人の徳教広く万人に加わり」という教育理念を具現化し、嘉納師範の期待に見事に応え、現在の群馬柔道に繋がっています。
 関口孝五郎先生のご子息であり門弟でもある関口恒五郎先生は、のちに全日本柔道連盟副会長として普及面に尽力し、中学生、高校生や学校指導者の資質向上の具体的施策を実行しました。また国際文化的視野と関口整形外科病院長である医療的な立場から、講道館柔道の国内外の普及発展に大いに貢献されました。
 群馬柔道の先駆者の一人に富澤伝八先生がおります。関口孝五郎先生の20年後の1917(大正6)年に講道館へ入門し、1924(大正13)年に前橋市で「修道館」を開設しました。石井国雄氏、藤井一司氏、富澤貞一氏をはじめ三千人の門弟を育成すると共に上毛新聞社社長の篠原秀吉氏や境野清雄氏、田中良三氏らと力を合わせ群馬柔道界を牽引しました。その後、篠原秀吉氏は1950(昭和25)年初代群馬県柔連会長となり、長く群馬柔道をリードしました。
  全国高校総体群馬大会で成果を上げた新井禮次郎氏や、ハンガリーとの国際交流を始めた山本崇夫氏は、修道館の門弟です。
ハンガリー国際交流について
 1964(昭和39)年に東京オリンピックが開催されました。関東近県に補助役員の要請があり、本県高校教諭であった山本崇夫先生はハンガリーのレスリング選手の競技補助役員となりました。献身的な役員活動で大会終了後もハンガリー選手との交流が続き、その後ハンガリー国内のスパルタクススポーツクラブを通じた柔道指導や、定期的な本県柔連との交流を行うに至りました。
 今回の2020東京オリンピック・パラリンピックにおいては、本県柔連とハンガリー柔道連盟とが50年以上持つ繋がりを背景として、前橋市がハンガリー柔連のホストタウンに認定され、支援活動を継続してきました。そのような長年にわたる民間スポーツの交際交流が関係者の目に止まり、2019(令和元)年11月「国際フェアプレイ賞」という名誉ある賞を前橋市と群馬県柔連が受賞しました。
 今後、2020東京オリンピック・パラリンピック終了後のハンガリーとの交流は、前橋市及び本県柔連による国際交流委員会によって継続・発展させ、次代へと繋げたいと考えています。
広報誌「ぐんま柔道新聞」について
 1983(昭和58)年に群馬国体を迎えるにあたり、士気高揚の柱として当時としては珍しい「ぐんま柔道新聞」(年4回〜不定期、昭和46年創刊、現136号)を創刊しました。県内の大会結果をはじめ柔道諸活動の様子を掲載、強化部や審判部から最新情報の発信、また柔道関係者・先達者の柔道観の披瀝など、当時としては斬新な企画でした。現在136号が刊行され、数年代ごとの縮刷版も3回出版するに至り貴重な財産となっています。新聞記事は速報性こそ劣るものの多年代にわたる多くの関係者の意見や記録が掲載・蓄積されており、ネット社会とは異なり深みと重みのあるものと捉え、今後も大切にしたいと考えています。
最近の群馬開催の大規模大会について
① 2019年 全日本実業団体対抗大会
  新設の高崎アリーナにおいて、全日本柔道連盟理事であり全日本実業柔道連盟事務局長である岡泉茂氏のご指導・ご助言のもと開催することができました。同規模の開催実績がない本県柔連では、不安のうちに準備を進めましたが、事務局のリードで滞りなく終了することができました。運営では、地元審判員の多数起用をはじめ貴重な体験となり大きな自信を得ました。試合では、オリンピック級の選手を間近に見ることができ、また大会終了後には岡泉事務局長のご配慮で、ウルフ・アロン選手、永山竜樹選手、新井千鶴選手による少年柔道教室を開催していただきました。これからを担う群馬の少年少女選手にとっても、深く心に刻まれる体験・大会であったと感謝しています。
② 2020年 全国高校選手権大会
 2020東京オリンピック・パラリンピックの会場となる日本武道館が改修工事のため使用できず、前橋市ALSOKぐんまアリーナでの開催が決まりました。高体連柔道専門部を中心として綿密に準備を進めてきましたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で中止を余儀なくされました。地元選手をはじめ関係者の落胆は大きなものでした。
③ 2021年 全国中学校大会
 8月22日〜25日、前橋市ALSOKぐんまアリーナにおいて第52回全国中学校大会が開催されます。中体連大会準備室を中心として万全な感染症対策など、着実に準備を進めています。コロナ禍にあって制約される中での開催が予測されますが、選手が充分に力を発揮できる大会になることを期待しています。晴れて代表になられた選手をはじめ、関係者のご来県を心よりお待ちしています。
④ 2029年 群馬開催の国民スポーツ大会
 2017(平成29)年に、2028(令和10)年群馬開催の国体が内定し、その後コロナ禍の影響で2029(令和11)年開催に順延となりました。地元開催を振り返れば、1983(昭和58)年の群馬国体における柔道関係者、スポーツ関係者、群馬県民の一致団結し総合優勝を果した時の盛り上がりが、昨日のようによみがえります。現在、群馬県スポーツ協会をはじめ関係団体が2029(令和11)年に向けて着実に前進しています。本県柔連としても指導者を中心とした意識の高揚、合理的強化策、環境整備など、対策の具現化が迫られています。本県柔連が一丸となって、実りある大会にできるよう努力してまいります。
講道館柔道と東京オリンピック・パラリンピック
 かつて嘉納治五郎師範が万難を排して取り組んだ東京オリンピック誘致への情熱を思う時、目の前に迫る2020東京オリンピック・パラリンピックもこの苦難をどうにか乗り超えて開催に至ることを強く期待いたします。厳しいコロナ禍にあっても講道館柔道発祥国の日本開催であるが故に参加したい、そう願う代表選手が多くいることと推察します。JOC会長でもある山下泰裕全日本柔道連盟会長のもと、柔道をはじめ各国のトップ選手の鍛錬した技量発揮の場を是非設けていただきたいと願っています。そして今後、世界に誇る身体精神文化である講道館柔道が、講道館を中核としてさらに発展し、次代に繋がってゆくことを心より祈念いたします。
               (群馬県柔道連盟会長)

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