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今月のことば

2018年4月号

柔道を通じ、社会貢献できる優秀な人材の育成を

冲永佳史


嘉納治五郎師範と講道館柔道
 柔道は、言わずと知れた我が国の武道であり、お家芸でもあります。そして現在では、日本国内のみならず、多くの国と地域で行われている国際的なスポーツとなっていることは、言うまでもありません。
 柔道の創始者が嘉納治五郎師範であることは誰もが知るところですが、少年時代は身体が弱く、強くなりたいとの思いから柔術の修行をはじめられ、後の講道館創設に至ったという歴史的事実は、柔道の専門家以外あまり知られていないのではないでしょうか。柔術とは文字通り「柔の術」ですが、嘉納師範は柔術を用いて自己完成を目指すための「道」であるということから「柔道」と、そしてその道を講ずるところということから「講道館」と名付けられたのです。すなわち、講道館とは、まさに柔道発祥の地なのです。
 このような経緯から、ながらく日本の柔道は、現在のような競技色の強いスポーツではなく、「自己完成を目指すための道」として行われてきました。その典型が「精力善用」「自他共栄」という柔道の標語に表れています。説明するまでもありませんが、「精力善用」とは養って得た力を善く用い、「自他共栄」は自分だけでなく他の者とも共に栄えようという意味です。
 これらの言葉の先には「礼に始まり礼に終わる」という柔道の具体的な所作につながってくるのです。相手を敬い感謝する。そして相互に信頼し助け合う心を育み、共に栄えある世の中を築いていく精神を養う。これこそが自己完成を目指すための道、すなわち柔道の最終的な目的でした。

柔道の歩みと近代柔道への変遷
 その後、嘉納師範のリベラルな感覚に基づいた海外との交流活動も相まって、柔道が世界各国に広まり、1964年の東京オリンピックで正式競技として採用されると、徐々に競技色の強いスポーツとして認識されるようになっていきます。
 世界には、その国独自の柔道に似た格闘技があります。ロシアのサンボやモンゴルのブフ(モンゴル相撲)、ブラジルのブラジリアン柔術などは有名です。これらの種目には「自己完成を目指すための道」といったような精神に通ずる概念はないか、あるいは希薄で、実効的な技を通して勝ち負けを争うことが主な目的ですから、柔道に関しても相手を技で倒す競技として受け入れられ、人気を博すようになるのは自然なことだったと言えるでしょう。
 さて、柔道がオリンピックでの正式種目として採用されると、世界各国の競技人口も必然的に増えていきます。そうなると、柔道発祥の国である我が日本でも、そのアドバンテージは徐々に薄れ、フランスやロシアなど、日本のライバルとなる強豪国が台頭してくる時代に突入します。同時に、試合審判規定の改正なども毎年のように行われるようになり、より勝敗を明確に判断できるような基準が新たに設けられるなど、競技、スポーツとしての柔道、いわゆる近代柔道という姿が現れ始めました。
 このような歴史的な流れを鑑みると、一時期において日本が世界で相対的に力を失った時期があったことは、自然なことだったのかもしれません。諸外国が競技としてルールに則った勝ち方を研究し、そこに向けた努力をする一方で、国内では競技としての勝ち負けに拘る柔道と、自己研鑽の一環としての柔道との立ち位置に曖昧さが生じてしまったこともその理由でしょう。嘉納師範ご自身は、柔道があまりにも競技的になり過ぎることに懸念を抱かれていたようです。その懸念とは、日本柔道が競技としての強さを追求するあまり、追求していた精神を見失ってしまうのではないか、ということでしょう。柔道の精神と競技としての強さとは、本来不可分なものであると考えますが、そのバランスを欠いてしまっては、日本柔道の将来の発展はおぼつかないと考えられたのだと想像します。
 それでもここ数年は、日本の柔道家が世界で結果を出し始め、柔道日本、お家芸という言葉が復活しつつあるのは、柔道に関わる者として喜ばしいことであると感じています。また、柔道が持つ精神的な基軸を以って、どのような状況下でも冷静に自分を見つめ周囲を見つめる目というものを堅持することで、長期的な日本柔道の活性が図れるものと思います。

日本柔道における学生柔道の役割
 私は、この度縁あって、全日本学生柔道連盟の会長に就任させて頂きました。今申し上げた通り、ここ数年、柔道の世界大会における日本の成績、戦績は、柔道日本の復活を予感させるに十分といって過言ではありません。これは選手1人ひとりと優秀な指導者による血の滲むような努力が根底にあることは想像に難くありません。その上で、講道館や全日本柔道連盟といった日本柔道を牽引していくべき組織が正しい方向性を示し、正しく機能させてきたことも重要な要素であると考えます。
 私は全日本学生柔道連盟の会長として、世界を舞台に活躍する学生柔道家が、あるいは大学卒業後においてでも、1人でも多く現れることを願っています。そのための環境作りや活動に尽力する所存です。同時に、学生は育成年代でもありますから、柔道家だけでなく、より多くの優れた指導者を育成、輩出することも、私たちに課せられた重大な使命の1つであると言えるでしょう。
 一方で、全日本学生柔道連盟は、あくまでも学生を主な対象とする組織でありますので、柔道の発展を念頭にしつつも、そればかりに捉われているわけには参りません。連盟に所属している多くの学生柔道家は、大学卒業とともに会社などに就職し、1社会人としての人生を歩み始めます。そのときこそ、まさに柔道で培った「精力善用」「自他共栄」の精神で、国際的な視点を持って社会貢献できる人材育成が、私たちが見据えてゆかなければならない姿、役割なのだと考えています。

最後に
 伝統的な「柔道」の精神を重んじつつ、新しく発展した競技としての「柔道」を知る。このことは、もともと日本の武道に根ざす精神であり、また匠の世界においても将来に生き残る技を継承する術として重んじられている事柄です。
 諸外国に見られるような、競技としての柔道一辺倒ではなく、そこに精神的な強さや思いやりの気持ちが宿ってはじめて、それが柔道家であっても、社会で活躍する企業人であっても、本当の意味で世界と対等に競い合える優秀な人材となり得るのだと信じています。
                   (一般社団法人 全日本学生柔道連盟 会長)

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