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今月のことば

2021年2月

コロナ禍での柔道

大江 裕一郎


 令和元(2019)年末に中国武漢で発生した新型コロナ肺炎は瞬く間に世界中に蔓延し、未だに収束の目処は立っていない。令和2(2020)年2月の横浜港に停泊したクルーズ船でのクラスター発生に引き続き、4月には全国に緊急事態宣言が発せられ約1ヵ月半継続した。これに伴い、同年夏に予定されていた東京オリンピック・パラリンピック開催の1年延期、男子・女子の全日本選手権の延期、その他多くの大会の中止・延期など、柔道の大会も大きな影響を受けることとなった。当然、柔道の練習にも大きな制限が加わり柔道界も大きな困難に直面した。私自身、緊急事態宣言により新型コロナ感染者数が減少し、そのまま収束に向かうのではないかと正直甘く考えていたところがあったが、実際には第2波、第3波と続き、収束には程遠い状況が続いている。感染症対策のみを念頭におけば、緊急事態宣言下のように人と人との接触を極力抑えた生活を行えばよいが、経済のみならず柔道などのスポーツとも両立するような対応が望まれる。特に柔道は室内で行われるコンタクトスポーツであり、3密を避けて柔道をすることは不可能である。他の競技と比べても感染対策にはより高度な対応が必要であり、柔道界始まって以来、最大の危機に直面していると言っても過言ではない。
 このような状況下で柔道を愛好する医師の役割は少なくない。全日本柔道連盟医科学委員会(永廣信治委員長)には多数の柔道を愛好する医師が参画して、新型コロナの対応にあたっている。これまでの医科学委員会の活動は、全柔連主催の大会での救護、ナショナルチームへのチームドクター派遣、頭部外傷・頸部外傷などの重大事故防止に関する活動、ドーピングコントロール活動などが主であったが、令和2(2020)年はこれらに加えて新型コロナ対策が大きなウエイトを占めるに至った。「新型コロナウイルス感染症対策と柔道練習・試合再開の指針」作成にはじまり、大会での選手に対するPCR検査の実施、検温、健康管理、消毒などの感染対策を実施している。スポーツ競技における感染対策には医学的知識のみならず、その競技の特性を熟知した医師の参画が必要不可欠である。医師といえども新型コロナ感染症は未知の領域であり、手探りの状況ではあるが、柔道の大会で感染者が出ないよう可能な限りの対策を講じている。新型コロナの感染防止対策は大会のみならず、日々の練習や合宿生活においても重要であることは言うまでもない。日常の体調管理に加え、マスク着用や手洗い、3密を避けるなどの行動によって柔道のコミュニティを感染させないことが重要であるが、症状のない感染者が少なからず存在するような新型コロナ感染症の特徴からすると、柔道を行う環境下で同感染を完全に防ぐことは残念ながら不可能である。海外ですでに接種が開始されているワクチンの効果が期待されるが、特効薬といえるような薬剤がいまだ開発されていないのも現状である。
 柔道を愛好する医師の集まりである全日本医師柔道連盟は、昭和54(1979)年に日本医科大学の松林富士夫先生のもと設立された(https://www.alljapandoctorjudo.com/)。同年の第1回全日本医師柔道優勝大会は4月7日に警視庁武道館で開催され、当時、私は大学2年生で、この第1回大会を観戦したのを記憶している。以後、全日本医師柔道優勝大会は毎年開催され、昭和、平成、令和にわたり41回の開催を数えるに至っているが、令和2(2020)年に予定していた42回大会はコロナ禍の影響で中止となっている。全日本医師柔道連盟の会長は、松林先生から東邦大学の海老根東雄先生に引き継がれ、平成29(2017)年から私が第3代会長として運営を引き継いだ。全日本医師柔道連盟は、全日本医師柔道優勝大会の開催のみならず、全日本柔道連盟医科学委員会と密接に連携して柔道の発展を医学的見地よりサポートしている。全日本柔道連盟医科学委員会の委員の多くは、全日本医師柔道連盟の会員でもある。
 令和3(2021)年には、いよいよ東京でオリンピック・パラリンピックが開催される。我々医師にも柔道の発展に対するさらなる貢献が求められている。従来、想定されていた大会での選手や観客の救護に加え、これまでには想定されていなかった新型コロナ感染症対策が必要になり、こちらの業務に多大な労力が必要になるものと予想される。海外での新型コロナの感染状況は日本の比ではなく、海外からの選手、役員、観客を受け入れる場合には、これまでの国内大会とは比べ物にならない対応が必要になる。日本選手の活躍が大いに期待される東京オリンピック・パラリンピックではあるが、選手の活躍と共に新型コロナ対策が上手くいって、初めて大会が成功するものと思われる。新型コロナが収束して元通りの生活、元のような柔道の練習・試合ができる環境にいつ戻れるかは誰にも予測できない。全世界で科学の英知を集めてワクチンや治療薬の開発が進められており、これらが実用化され効果を発揮することが期待されている。これらを手にすることができるのがいつになるかは分からないが、これまで人類が克服できなかった感染症は皆無である。それほど遠くはない将来にコロナ禍が収束して、これまでと同様の生活、柔道に戻れることを願ってやまない。
         (全日本医師柔道連盟会長・国立がん研究センター中央病院副院長)

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