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今月のことば

2007年07月

『柔道ルネッサンス』に思う

相良 哲朗

 「柔道ルネッサンス」運動は、平成十三年に講道館と全日本柔道連盟の合同プロジェクトとして立ち上げられたものである。その理由は、現在の柔道が勝利至上主義に片寄り過ぎ、柔道関係者のマナーが顰蹙を買っている状況が多く見られることから、嘉納師範が目指した柔道本来の目標「柔道を通した人間教育」という原点に戻ろうという主旨である。 佐賀県では(一)大きい声で挨拶をしよう、(二)履物は揃えよう、(三)ゴミは持ち帰ろう、の三つの取り組みを始めた。現在、小、中、高校等の各大会会場に、大きな活字で標語として掲げ、アピールすると共に、機会ある毎に選手や保護者に呼びかけ、積極的にマナーの向上に努めている。その背景には、今日の子供から大人までの規範意識の欠如があると考えたい。最近では、十五歳の少年による母親殺害、頭部切断事件等、普通では考えられない異常行動が続発している。学校では、学級崩壊、いじめ、非行等々教育現場の混乱も多く見られる。また、大人の言動にも驚かされる。わが子への虐待、育児放棄、放任、過保護、それに給食費請求に対する身勝手な発言等々。日本人はどうなってしまったのだとうか。
 大正末期から昭和の初めにかけて、駐日フランス大使を務めた詩人のポール・クローデルは、太平洋戦争の帰趨がはっきりした昭和十八年に、パリでこう言っている。「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」。この日本人はどこえ行ってしまったのだろうか。
 私は今こそ、「柔道ルネッサンス」を通して、この高貴な日本人の育成に努めなければならない時であると考える。日本の伝統的文化としての規範意識を大切にし、柔道を通して日本人の心を取り戻してほしい。
 日本の伝統的文化とは、その源は武士道という武士の生き方、考え方にあったと言われている。平和な時代になった江戸時代半ば頃から当時の武士は、支配者という立場から人間的な道徳観、価値観を身につけていた。これには多分に儒教の影響も受けていたと考えられている。
 人間としての理想的な武士の生き方が、江戸庶民にも好感をもたれ、武士に限らず人間の生き方として広がっていった。これが日本の伝統的文化の一つとして定着したと言われている。
 武道の中でも世界的な広がりを見せ、オリンピック種目になっている柔道は、世界各国でも人気があり、盛んに行われている。フランスでは日本より登録人数が多い。このような世界の柔道人気は、単にスポーツとしての柔道の魅力だけだろうか。私はそうは思わない。彼らは、柔道を通して西洋にない価値観、道徳観等の東洋思想に興味を持ち、日本人の心に触れようとしているように思われる。
 このことは、日本へ留学する海外の高校生が、こぞって日本の伝統的文化である柔道・剣道・茶道・華道等「道」のつく文化を体験しようとする姿に認められる。また、ロシアのプーチン大統領は、大の柔道愛好者で、今日自分があるのは柔道のお陰であると公言し、来日時は、今でも講道館で汗を流すという。さらに、フランスの指導者の一人は、「自分を律する心を日本で学びました」と言っている(昨年7月号柔道の巻頭言より)。
 現在、日本の柔道界が日本の伝統的文化としての武道の要素をどれだけ強調し、実践し、自覚されているだろうか。
 「不易と流行」という言葉があるが、「不易」とは、時代が変わっても変えてはならないもの、「流行」とは、時代の変化に応じて変えていくもの、と解釈されている。
 柔道が世界的に発展した現代では、勝負の判定やルール・審判方法など時代の要請、時の流れの中で、変化していく「流行」の部分もあろう。しかし、敗者への共感、弱者への思いやり等の惻隠の情や「礼」の実践等伝統として創り上げてきた日本人の大切な心・高貴な精神などは「不易」な部分に違いない。
 この不易な部分に思いを馳せての柔道ルネッサンスは、素晴らしいことである。そこで、これを契機として、もう一歩、日本人の大切な心にまで踏み込んでいただきたい。
 その具体的なお願いとして、先ずは、この月刊誌「柔道」に柔道ルネッサンスと共に、日本の伝統的文化としての武道精神の発揚に毎月ページを割いて欲しい。また、講道館主催の夏期講習会の講義や日本の一流選手が講師となる「柔道フェスタ」等を通じて、人々に熱く語りかけて頂きたい。
 そのことが、嘉納師範の教え「己を完成し、世を補益するにある」とする柔道の最終目標に近づくことになると思う。
 浅学菲才の若輩者が、勝手なことを述べさせてもらい恐縮ですが、現代の若者達が、柔道を通じて日本人としての大切な心を身につけて欲しいからである。
 やがては、このことが日本柔道の正しい発展につながると思うし、世界の人々に尊敬される日本人・日本となることを期待するからである。

(佐賀県柔道協会会長)

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