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今月のことば

2008年10月

強から和、そして明日の柔道

橘 川 謙 三

 平成二十年度より富山県柔道連盟の会長を務めさせていただくことになりました。今、会長として何をしなければならないのか、そして、私たちは柔道を通して何に向かって行かなければならないのかを考えております。  省みれば勝つことにだけ執着していた時期もありました。ただ柔道が強ければ良い、優勝して表彰台に上がることが「輝くステージ」だと思いこんでいた時期もありました。しかし、柔道を愛し、柔道を通し、目標に向かって努力をしている人、誰もが「輝くステージ」を持つことが出来るのだと今、私は信じています。  嘉納治五郎師範によって創出された「精力善用」「自他共栄」の言葉は柔道人に浸透してきたことは言うまでもありません。しかし、この言葉は我々一人ひとりの心の中にはそれぞれの解釈があると思います。この二つの言葉をどうやって子どもたちに簡単に分かりやすく伝え、説明しなければならないのか・・・・・。「精力善用」―自分の持つ能力や力を善いことに費やすこと、社会に貢献すること、そして大きくとらえれば、環境問題、さらには核問題までを示唆する言葉ではないかと思います。「自他共栄」―個々における、けなし合う、傷つけ合う、互いの足を引っ張り合うことではなくて、お互いに助け合ったり、補い合ったり、自他ともに相乗効果を生み、互いに高めてき、発展していくことだと思います。私はこの言葉については我々の身近な生活の人間関係から世界における国交関係にまで通ずる言葉であり、まさにグローバルな言葉ではないかと思っています。  日本の物質の文化が豊かになるにつれ、その反面、人と人、心と心との人間関係がだんだんと希薄になり、それに伴うマナーの悪さ。だからこそ、今、講道館と全日本柔道連盟が「柔道ルネッサンス」を警鐘して、「我々には帰るべき場所がある」のではないかと訴えています。私が今までに見てきた(全国高体連の高校生選手・ジュニア選手の国際大会及び海外遠征チーム監督の時期)世界の柔道は決して良い環境とは言えません。発展途上国における柔道、先進国における柔道もいろいろと問題を抱えております。柔道衣ひとつ買うにも日本と違い、大変高価な物になります。なかには空手衣を代用したりしています。私の教え子の一人は、青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに派遣されていました。現地の子どもたちに柔道を教えたいので、余っている柔道衣を送ってほしいとの連絡があり、授業で生徒が使い古した柔道衣を百着余り送りました。すると現地で彼が柔道を教えている授業風景の写真が送られてきました。そこは道場ではなく屋外の草っ原です。本校生徒のゼッケンを背中に付けた柔道衣姿の現地人の生徒の顔はとても生き生きとした目をしていました。  ヨーロッパにおいても、先進国でありながらも指導者に恵まれず、パワー柔道に頼りすぎて行き詰まっている状況もあります。また、アメリカにおいては各柔道会場(道場)には必ずと言っていいほど掲げてあるものが三つあります。一つは嘉納治五郎師範の写真です。後の二つは「精力善用」「自他共栄」の額です。アメリカの高校生は試合を行っても決して日本の高校生よりも強くありません。しかし、嘉納師範が唱える柔道を通しての人間教育を日本人の高校生より多くの影響を受け、そして理解しているのではないかと思われます。挨拶ひとつするにも、礼儀正しく、しっかりとした挨拶を行い、目上の人に対するマナーもしっかりしています。  今年の講道館「柔道」七月号より「柔道ルネッサンスのページ」が開設されました。そこには全国各地の柔道ルネッサンスの活動成果を紹介され、その中で特に顕著な活動があった場合には講道館長からの表彰もあります。そして「自他共栄賞」については理念・精神からの考え方が述べられています。私はたくさんの柔道ルネッサンスの活動報告が紹介されることを切に願っております。  そして、私の「明日の柔道」は?指導者の育成 ?底辺の拡大 ?競技力の向上 ?ホームページの開設であります。意識や質の高い指導者の育成こそ底辺が広がる要素です。底辺が安定すれば頂点が高くなります。当然そのプロセスにおいては必然的に競技力の向上に繋がっていきます。   目先の勝つ(強)ことに固執せず、大きく先を見据えた繋がり(和)を明日へ託して行きたいと思っています。柔道をするためのきっかけは何処にでもあります。柔道を続けるための環境はたくさんあります。柔道で夢を見つけることは誰にでも出来ます。柔道が強くなるチャンスは誰もが持っています。そして、夢を叶えるステージは誰もが持っているのです。それだけ、日本にいる私たちは柔道をすることに恵まれているのです。

(富山県柔道連盟会長)

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