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今月のことば

2011年06月

日本の柔道の未来を願って
― 女子柔道の現場から ―

島谷 順子

はじめに、東日本大震災の折には、全国、世界各地から安否確認や温かい励ましの言葉を数多くかけていただき、改めて柔道との絆を深く感じた機会でもあった。皆さまに心より感謝し、誌面をお借りしお礼を申し上げる。

さてこの度執筆の機会をいただいたので、今まで現役、指導現場の経験を通して感じてきた、女子柔道選手の競技、競技をやめた後の柔道との関わり、そして現役女子柔道選手の未来への後方支援という3つの課題について述べてみたい。

嘉納治五郎師範が講道館柔道を創設されたのは明治15(1882)年、女性に柔道の手ほどきをされたのが明治26(1893)年である。このとき、「精神的、身体特徴から将来母になることについて考慮しなければならない」と女子柔道では試合禁止とされた。昭和8(1933)年には女性初の初段が誕生しているが、このときの昇段の基準は実技に試合を行わないで、形と乱取により技術の習得程度を審査したとされている。

また女性らしい柔道というのがあった。乱取に関しては、内股は股を大きく開くから女性には適さない、大外刈、小外刈は腰から落ちるので母体となる女性には悪影響があるので適さない、などがその例である。昭和53(1978)年の第1回全日本女子柔道体重別選手権大会では、奥襟を持つことが禁止事項として適用された。これらは男性から見た女性への配慮であったと思う。

しかし女子柔道の試合が回を重ねるに従い、そんな女性への配慮は不要であることが認識されるようになった。練習を重ねるごとに女性はいかにタフであるか男性指導者誰もが感じたようである。男女の特性を語るとき、男性はライオンに女性はキリンに例える話を聞いたことがある。「ライオンは獲物を求めて全速力で走り、体力の限界が来るとパタッと息絶えてしまう。女性はキリンのように一気にはスピードが出ないがいつまでも走り続けることができる」と。女子柔道の競技が始まり、全日本合宿において指導にあたっていた男性の指導者は一様に女性のスタミナに驚いた様子だった。

柔道競技において長く鎖国時代だった日本の女子は、国際大会でチーム全体が勝つことは非常に難しかった。ウィーンの世界選手権大会での山口香選手、ソウルオリンピック公開競技の佐々木光選手以外、何人も決勝へ駒を進めてもなかなか優勝できなかった。
アトランタオリンピックにおいて待望の日本女子初の金メダルを惠本裕子選手、続いてシドニーオリンピックで田村(現・谷)亮子選手が獲得し、そしてアテネオリンピックでなんと7階級中5階級で金メダルという偉業を成し遂げた。これは指導者たちが一丸となり強化に努力されたことが実を結び、長いトンネルを抜けて今や世界で一番輝く存在となった。実にうれしいことだ。

昭和53年、日本での競技開始から今日まで30数年を数える。女性のライフスタイルは多様化しており、女子柔道選手たちも人生の様々な選択肢の中で自己実現を図り社会の中枢を担う年代となっている。競技生活から順調に指導者として活躍している女性が増えてきているのは心強い。
一方で結婚、出産、育児という女性特有のライフスタイルを経た元女子柔道選手を、柔道の現場に復帰させる支援も柔道界全体で必要であると思う。柔道に情熱をかけ、心身を鍛えてきた女性が社会人となり、母親となる。このような人生経験豊富な人材は頼もしい教育者であり、指導者である。指導者として、自らもう一度、あるいは子供とともに楽しむために柔道の現場にもう一度も戻ってほしい。指導者としても女子選手が成長する過程で、女性指導者は未来像であり、大きな影響を及ぼす存在であるし、子供たちにとっても、男性指導者とはまた違った側面での効果が期待される。シニア女性が柔道を楽しむ、親子で柔道衣を着て柔道を楽しむ姿は想像するだけでも微笑ましい。生涯柔道の新しい姿でもある。

全日本柔道連盟、各都道府県、市町村の連盟・協会において女性指導者の受け皿をつくっていただきたい。近年、各都道府県の連盟・協会において女性の理事が次々と誕生していることを聞くのはとてもうれしいニュースである。
アメリカのNASAでは「男性は目的を果たそうとする。女性はチームをまとめようとする。ゆえに団体で仕事をする上では両者が必要である」という男女の特性を捉え、宇宙へは宇宙飛行士の男女混合チームを送っていると聞いたことがある。日本の柔道界の活動においても、男女混合チームで活性化を図ってほしいと願っている。

最後に、現役女子選手に対する未来の進路に向けての後方支援という観点から、その取り組みを紹介したい。
高校や大学、実業団で勝利を目指し日々努力してきた女子選手が引退後、社会においてどのように目標を定め、進路を考えたらよいのか。男子選手に比べ女性の進路は柔道に携わる仕事は極めて少ない現状である。そのために女子選手に「セカンドステージ」を考える手助けがとても重要ではないかと考える。そこで実際に社会で活躍している元女子選手を対象に、進路を決定した動機や現在の姿を取材し、現役選手たちに紹介する機会を考えている。柔道をしてきたことが実社会でどのような形で活かされているかということを取材に盛り込み、現役選手たちに将来の進路を考える上での参考にしてもらいたいと願っている。現在、この件については全日本柔道連盟の指導者養成プロジェクト特別委員会で取り組みが進行中である。取材対象には国会議員、教員(幼稚園、小学校、中学校、高校、大学)、保育士、警察官、自衛官、介護士、エステティシシャン、トリマー、柔道整復師、会社員、海外での指導者、主婦等、元女子柔道選手たちが従事している職種を広く掲げている。

柔道衣を着て日々汗を流し、柔道に全力をかけてきた女性が、これからも社会の中で様々な立場において、生き生きと活躍してくれることを願うものである。

(女子柔道クラブ・全日本柔道連盟指導者養成プロジェクト特別委員)

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