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今月のことば

2013年05月

柔道と医師の関わり

海老根 東雄(えびね くにお)

?人生とは出直しの累積であると三四郎は考えていた?。これは小説・姿三四郎(富田常雄著)の冒頭に出てくる言葉である。物語は柔術修行を志していた?俥屋(くるまや)?、姿三四郎が紘道館の矢野正五郎と運命的出会いをすることから始まる。
 
 第2次世界大戦後、学校における武道はGHQにより禁止された。しかし、進駐軍将校たちが自ら柔道を稽古し学んでみて、これは、人間形成のための素晴らしい理念がその奥に秘められている武道(sports)であることを実感し、昭和25年解禁となった。私は昭和29年高校入学と同時に柔道部に入り柔道に明け暮れた。大学は医学部に入り卒業するまで柔道に専念した。卒業してから学生時代柔道部で活躍していた各大学のOBが集まり、毎年、柔道大会を催すようになり、親睦を深めた。その後、全日本医師柔道連盟が発足し、全日本柔道連盟の医科学委員会に参画し関係を深めていった。まずはチームドクターとして、次いで国内試合での救護班としてである。そして、競技力向上のための研究、国際シンポジウムの開催、ドーピングコントロールと活動を続けてきた。
 全柔連の歴代医科学委員長は関口恒五郎、米田一平、高橋邦郎の各氏が務め、次いで私が、その後戸松泰介氏、現在は、室田直氏がその任に当たっている。
 
チームドクター
 初期のころから継続して関与して来ており、主に強化選手の稽古・合宿、国際試合に帯同して傷害の予防と治療、コンディション作りに関わってきている。チームドクターは重責を担って活動しなければならないが、勤務している病院、所属している大学の理解と本人の熱意、使命感で成り立っている。しかし、その生活や専門医師として一人前になる研修が出来るかどうか不安定である。これらを安定・充実させ、いつも選手に付き添いサポートできるような環境作りをしなければならない。
 
国内試合における救護
 試合場の救護には医師が必ず付き添わなければならないという規程の中で、試合数も多くなって来ており、医師の配置に苦慮している。全柔連をはじめとして都道府県市町村、大学・高校・中学・小学校、実業団、町道場等の試合に際し救護としての医師の役割は重要であり、全国医科大学の特に柔道経験のある医師を募り、全国的に救護体制を整えていかなければならない。
 そして、昨年度より中学生で武道の必修授業が始まった。一方では柔道による傷害の発生も大きな問題となっている。柔道に関して、指導者ばかりでなく医師も加わって傷害予防とその対処、安全指導を、稽古するその場で稽古衣を着ながら行っていかねばらない。
 
競技力向上のための研究
 国立スポーツ科学センターが設立され、柔道だけでなくすべてのスポーツが科学的根拠(evidence)に基づいた情報を得て発信されてきつつある。全柔連でも初期の頃より運動生理学者、医師が協力しあって研究してきているが、その得られた医科学的成果をさらに発展させて行かねばならない。そして、これらの情報は、現場の指導者、医師、選手に伝達され、直ちに活用できるようにしなければならない。
 
シンポジウム
 平成7年幕張メッセで行われた世界選手権開催時に世界各国から集まった監督・コーチ・医師の参加を仰ぎ第1回国際柔道医科学シンポジウムが計画され、競技力向上の研究も含まれて総合的に開催された。以後日本で行われた国際大会(嘉納杯・東京、第2回平成8年、第3回平成11年、第5回平成19年、第6回平成20年、世界選手権・大阪、第4回平成15年、東京、第8回平成22年、グランドスラム・東京第7回平成21年、第9回平成23年、第10回平成24年)開催時にもこのシンポジウムが開催されている。柔道そのものを科学的に捉え、分析し、議論し、発展させ、これらの情報を世界の柔道界で共有するには良い機会であり、これからも行っていかねばならない。
 
ドーピングコントロール(DC)
 平成7年世界選手権が日本で開催されることになりIJFの定めるアンチドーピング規定を遵守して我々が手探りで準備し、平成6年の全日本選手権大会からDCを実施し、翌年幕張メッセで開催される世界選手権までに諸準備を整え施行できるまでになった。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)、そして日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が設立される以前のことである。この世界選手権大会は医療体制全般が綿密に準備・整備された中で行われた。その中にDCも加わったのである。今まで、東京・千葉・横浜・名古屋・大阪・福岡と独立したDCチームを組織し試合の度毎に全柔連が中心となりこれを施行してきたが、これからはJADAが主体となって行なっていくことになるだろう。
 今まで全柔連の元医科学委員という立場で述べてきた。講道館は、世界の柔道の総本山であり教育機関でもある。毎年行われる高段者大会に出場してくる柔道家を診るとどこか必ず障害を持っている。若い頃、柔道に打ち込んだ人ほど大きな障害を抱えてきている。これから先、講道館は、独自の医療・研究施設を持ち、柔道を志す、修行をする子供たち、生徒、学生、強化選手、指導者に対して傷害予防と治療、安全指導を行い、障害を生じない、残さない柔道家に大成するよう、柔道の持つ人間形成のための素晴らしい理念を教授しながら、医科学的研究の成果発信の中心ともなるよう整えて行くべきであろう。
 
 京都、武徳殿における東を代表する紘道館柔道と西を代表する良移心当流柔術との日本一を決する対決の後、戸田雄次郎は、三四郎に言う。?どうする気だ?。?俥屋?。重ねて三四郎は答えた。彼にすれば人生の出直しの意味だったろう。物語は終わる。

(講道館評議員、全柔連アンチ・ドーピング特別委員会委員長)

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