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今月のことば

2017年1月号

年 頭 所 感

講道館長 上村春樹

講道館長 上村 春樹

平成29年の新年を迎え、心より新春のお慶びを申し上げます。
 昨年は、スポーツ界のビッグイベントであるリオデジャネイロオリンピックが盛大に開催されました。28競技306種目において世界のトップアスリートが心技体の限りを尽して熱戦を繰り広げました。日本代表選手団は、金メダル12を含む過去最多の41個のメダルを獲得するなど、私たちに感動と明るく元気な話題を提供してくれました。
 柔道競技には136の国と地域から390名の代表選手が参加しました。試合の内容は、概ねしっかりと組み合って、技による攻防が多く、見応えのあるものでしたが、勝たんがために「崩し」「作り」「掛け」の理合いを無視して、組んだら「掛ける」を繰り返す選手や、相手に組ませないようにブロックするだけで、組み手争いに終始する選手も散見されました。また、本来の抑え込みの定義を満たしていない状態でも「抑え込み」が宣告されているケースも見られたことから、今後、早急に定義を再確認し、柔道の審判の在り方を検討しなければなりません。
 今回、オリンピックの柔道競技史上初めて金メダルを獲得したアルゼンチンとコソボを加え、金メダル獲得国が10ヵ国となりました。3位までのメダル獲得国も26の国と地域に広がるなど、世界の柔道は確実かつ広範囲にレベルアップが進んでいます。そのような状況下で、苦戦を強いられながらも日本代表選手は、金メダル3を含む合計12個と過去最多のメダルを獲得してくれたばかりか、正しい礼法、姿勢、「一本」を目指す戦いぶりなどの試合内容とともに、試合が終わってからの立ち振る舞いについてもIJFや各国の役員、観客から大きな称賛を受けました。また、パラリンピックにおいても日本代表選手団は、前回を大きく上回る合計24個のメダルを獲得しました。柔道競技でも、女子代表選手が日本に初めてのメダルをもたらし、男子と合わせて4個のメダルを持ち帰ってくれました。このリオデジャネイロでの頑張り、勢いは、4年後の「2020東京オリンピック・パラリンピック」へ、繋がるものと信じております。

 さて、嘉納治五郎師範は講道館柔道を創始され、国内外への柔道の普及振興を図るとともに、生涯に亘って体育の重要性、必要性を説かれました。嘉納師範は、教育者として多大な功績を残されたばかりか、明治42(1909)年に東洋で初の国際オリンピック委員会(IOC)委員となり、平和の祭典でもあるオリンピックへの日本の参加、開催に心血を注ぎました。明治44(1911)年には日本体育協会、日本オリンピック委員会の前身である大日本体育協会を設立し初代会長となりました。翌大正元(1912)年には、28 ヵ国から2437名が参加して行われた第5回大会のストックホルムオリンピックに、日本選手団団長として大森兵蔵監督、陸上競技の三島弥彦、金栗四三選手を率いて参加され、以後、嘉納師範はアジアで初めてのオリンピック開催を目指して精力的に活動します。ついに昭和11(1936)年のベルリンオリンピック開催直前のIOC総会で、ヘルシンキとの決選投票に勝ち、昭和15(1940)年のオリンピックを東京に招致することに成功しました。しかしながら、昭和12(1937)年に日中戦争が始まり、東京でのオリンピック開催が危ぶまれ、また開催国として不適格ではとの意見等が出されることになり、昭和13(1938)年のカイロIOC総会で2年後の東京開催の可否を問う会議が行われ、開催返上の意見が多い中、嘉納師範は必死の説得で開催の最終的承認を得、同時に冬期オリンピックの札幌開催も勝ち取りました。
 日本での夏・冬のオリンピックの開催を確定した嘉納師範は、カイロのIOC総会の後、アテネのオリンピアで親交のあった元IOC会長クーベルタン男爵の墓参りをされました。各地でIOC関係者と会われ、大西洋、アメリカ大陸を横断し、シアトルからバンクーバーを経由して日本への帰路、氷川丸の船上で風邪を拗らせて肺炎を患い、昭和13年5月4日に帰らぬ人となりました。
 その後、7月には戦争激化などの理由で日本国政府はオリンピック開催返上を決めました。もし昭和15年の東京オリンピック開催が実現していたら、柔道は公開競技として行われる予定でした。推測になりますが、無差別で行われていたのか、体重別が導入されていたのか、審判法はどのようなものであったか、また、柔道はもっと早く世界的な広がりを見せていたかなどと想いはふくらむばかりです。
 その後、柔道は24年後の昭和39(1964)年の東京オリンピックで採用され、競技は男子のみ4階級、27ヵ国から74名の参加で実施されました。女子はソウルオリンピックで公開競技となり、バルセロナオリンピックで正式に採用され現在に至っています。
 嘉納師範がオリンピックへの参加、日本開催をなぜ目指されたかを考えたことがあります。オリンピックムーブメントは「スポーツを通じて、友情、連携、フェアープレーの精神を養い相互に理解し合うことにより世界の人々が手をつなぎ、世界平和を目指す運動」であり、オリンピック憲章の第一章には「オリンピズムとその価値に従いスポーツを実践することを通じて若者を教育し、平和でよりよい世界の建設に貢献することである」と規定されています。嘉納師範が残された「柔道は心身の力を最も有効に使用する道である その修行は攻撃防御の練習に由って身體精神を鍛練修養し斯道の神髄を體得する事である さうして是に由って己を完成し世を補益するが柔道修行の究竟の目的である」との考えは、オリンピックの理念と相通じるものがあるからだと思います。
 昨年のリオデジャネイロオリンピックへの参加者は、206の国と地域から11000名、日本代表選手団は601名でした。この104年間で世界のスポーツの普及振興と拡大・充実してきたオリンピックの歴史が窺えます。
 我々は、嘉納師範が目指されたスポーツを通じた人作り、国際交流・親善、世界平和の観点からも2020東京オリンピックを成功させるために柔道界を挙げて鋭意尽力していかなければならないと考えています。
 本年も講道館では種々の行事を予定しています。国内外で行う「講道館講習会」はもとより、特に、東建コーポレーション株式会社の特別協賛のもと開催している「講道館青少年育成講習会」は4年目を迎え、少年少女とその指導者、保護者を対象に柔道の基本を見直すよい機会になっており、積極的な展開を図っています。また、「講道館ユース柔道教育キャンプ」「講道館国際柔道セミナー」など、海外から来館する指導者、修行者への研修、指導、教授や海外からの要請に応えるための専門家の派遣、巡回指導等の充実、拡充には精力的に取り組んでゆくつもりです。

 年頭に当たり、先達が築いてこられた講道館柔道を後世に正しく伝えてゆくという責務を果すべく、地道に「精力善用」「自他共栄」の実践に努め、柔道の普及振興に全力で取り組んでゆく所存です。
 館員の皆様にはご指導、ご支援、ご協力のほど宜しくお願いします。
 最後になりましたが、今年も皆様にとってよい年になりますようお祈り申し上げます。

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