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今月のことば

2015年6月号

自ら学び続ける指導者をめざし

山藤哲夫

 

嘉納治五郎師範によって創始された講道館柔道は、現在約200の国と地域の老若男女に親しまれている。日本の生んだ文化である柔道は、オリンピックの正式種目となっており、2020年には東京での開催が決定し選手の活躍が期待されているところだ。

 しかし、柔道界は指導者の暴力、セクハラ問題、練習や試合時の重大事故発生等、マスコミから大きく取り上げられ、柔道のイメージは悪化した。未だ信頼を取り戻すまでに至っていないのが現状である。特にそれが小学生、中学生、高校生の登録人口の減少に著しく表れている。少子化の中サッカーやテニスなどは競技人口を増やしていることをみれば、単に子供の数が減少していることでは説明がつかない。長らく日本のスポーツは学校や企業スポーツを中心に発展してきており、勝利至上主義が蔓延し、勝つことがすべて、勝てば何でも許されるとの考えが続いてきたと思われる。特に柔道において指導者は、オリンピックや世界選手権で、お家芸柔道で金メダルを取るのが至上命令と受け止めプレッシャーを感じながら指導してきたはずである。選手は勝ちたい、指導者は勝たせたいと思う中、育てた選手が勝てば指導者の社会的評価も上がってくる。このように早急に結果を求めたため体罰、暴言による指導が生まれ常態化してきたのではないだろうか。また、非科学的で無謀な練習や安全面への配慮不足で重大事故を引き起こした可能性もあったのではないだろうか。このことは、柔道を修行する選手に問題があるのではなく、私たち指導者側に問題があったことは明らかである。

 以前読んだ上村春樹講道館長の著書『やりきる』の中で、昔から「卵が先か鶏が先か」とよく言われる議論があるが、その本の中では「卵ではなく鶏が先」と書かれていた。しっかりした親鳥がいなければ、卵から生まれたヒヨコは育たない。つまり育てる側が大事、選手を育てる指導者の自覚が必要となるのである。  私たち指導者が、よく「今の若者は辛抱や我慢が足りない」と嘆いているのは、いつの時代も同じではないか。本当に若者は我慢できていないのだろうか、ひょっとしたら指導者の私たちの方が我慢できていないのではないかと思うこともある。私自身若い頃、周りの人々に迷惑をかけたり失敗したりして、ずいぶん我慢してもらったことを思い出す。人を育てることは育てる指導者が辛抱や我慢を求められるものであり、育てられる選手にばかりそれを求めるのは問題ではないだろうか。

 昔は「キレる若者」とよく言われていたが、昨今では中高年がキレて問題を起こしている報道をよく目にする。指導の場面でも自分の苛立ちや怒りをぶつけて、選手を不快にしても何のメリットもないはずだ。私たち指導者が我慢することも必要なことだと思う。  旧日本海軍の山本五十六長官の有名な言葉に次の言葉がある。
やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
 この言葉は、まさに人づくりの基本といえる教えだ。まず指導者がやって見せ、言って聞かせ、相手に耳を傾け、相手に任せて、相手を信頼してはじめて選手は育つのだ。指導者が根気と忍耐力を持ち、我慢する中で、選手が気づきを得られた時、はじめて育てたことになるのではないだろうか。
 いま、全日本柔道連盟は、指導者の指導力向上および、安全・安心な柔道指導法を確立するために公認柔道指導者資格制度を導入し、ライセンス更新のための講習会も始まっている。今まで柔道の指導法は、指導者の段位や経験が重要視され指導者からの一方的な指導が行われていたが、それでは今の時代に対応できなくなってきたためだ。本来指導者は選手のやる気を導き出し、自立した選手を育てることが重要であり、そのためにはスポーツ医科学、倫理観、安全管理等の科学的知識に裏付けられた指導法が必要になってくる。日本ではヨーロッパと違い柔道指導者のほとんどがボランティアであり、講習会等の増加に伴い指導者の負担が増えるが、日本が生んだ文化、私たちが親しんできた柔道を復活させるため、すべての指導者が自ら学び続けたいものである。
 また、全日本柔道連盟は、嘉納治五郎師範が終生取り組まれた、礼節を重んじた、柔道を通じた人づくりの精神に立ち返ろうと「柔道MIND」活動を進めている。MINDのMはManner(礼儀)、IはIndependence(自立)、NはNobility(高潔)、DはDignity(品格)であり、それぞれの頭文字から、英語の「精神」や「心」と重ね表わしている。柔道を通して礼儀、自立、高潔、品格を持ち礼節と常識を備えたよき社会人、よき子どもたちに育てるためには、我々指導者自らが質を高め行動することが重要である。今回の活動も、「柔道ルネッサンス」運動のように一過性で終わらせてはならない。私自身柔道を愛する指導者のひとりとして、引き続き研鑚に努め島根柔道の普及発展に貢献する所存である。
(島根県柔道連盟会長)

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