今月のことば
2016年4月号
負けなければ勝つ
塚原光男
平成24(2012)年の第30回オリンピック競技ロンドン大会は、日本が明治45(1912)年のストックホルム大会に初参加して以来100年目の大会となった。ストックホルム大会の団長は嘉納治五郎講道館長であり、ロンドン大会の団長は上村春樹館長であることから、何かの縁らしきものを感じた。総監督を拝命した私は、選手団の士気高揚と上村団長を支えることに注力し戦う決意を新たにした。上村館長とは平成22(2010)年広州アジア大会に続き2度目のタッグとなった。
選手293名、役員225名、総勢518名の日本代表選手団は、金メダル13個?15個獲得の世界5位に目標を置いた。前年の世界選手権大会や世界ランキングの実績から割り出した数字である。この目標を達成するために上村団長のもと、JOC強化本部は前回の第29回オリンピック北京大会では、期待された基幹種目の選手たちのメダルの取りこぼしが目立ったので、そのようなミスを出さないための強化戦略プランの見直しを各競技団体に求めた。JOC選手強化本部と各団体の強化現場と一体となり強化プランをもとに議論を重ね、現状の把握とライバル国との比較分析、「なぜ、勝てないのか。問題点は何か。勝てる可能性は何%か」団長自から私や部員とチームを組み、各団体強化担当者とのミーティングを重ねていった。強化戦略プランの不十分な競技団体には厳しい指導も行った。
その結果、「チームニッポンで戦う」というスローガンが打ち出された。それは平成23(2011)年3月11日に発生した東日本大震災以降、初めてのオリンピックであり、被災地に「1つでも多くのメダルを獲得し、感動と勇気と元気と笑顔を贈ろう」という合言葉のもとに結束してゆくこととなった。総監督である私は、あらゆる場面において選手団の結束力を作り上げていくことを積極的に行った。そして選手へのメンタル支援として「JOC公式オリンピック日本選手団テーマソングCD」と平成12(2000)年シドニーオリンピック以降の金メダリスト15人の体験談を冊子にした「メダリストバイブル」を企画制作し、選手団全員に配布した。これはJOC初めての試みでもあった。
開会式に先立ちサッカー男女が勝利を収め、2日目は早速、重量挙げの三宅宏美選手が日本女子初めてとなる銀メダルを獲得し、3日目は期待の柔道でメダルを逃したもののアーチェリー女子団体で史上初の銅メダルを獲得した。4日目はようやく待望の金メダルを柔道女子57kg級の松本薫選手が獲得した。気迫と凄みの表れた勝利であった。同日には男子体操の決勝が行われ、一時は4位と発表され冷や汗をかいたが抗議の結果、銀メダルとなった。内村航平選手も個人総合では念願の金メダルを手にした。柔道、体操がややつまずきを見せる中、競泳はチーム力を発揮し連日、着実にメダルを獲得していった。毎日メダル獲得が続き、最終日を迎えた。日本のメダル獲得数は37個となり、史上最多の平成16(2004)年アテネ大会と並んでいた。そこでレスリングフリースタイル66kg級の米満達弘選手に大きな期待がかかった。「どの色のメダルでもいい」そんな思いで選手団全員で応援する中、なんと金メダルを獲得した。史上初となる38個のメダル獲得の瞬間であった。
結果、日本選手団は金メダル7個、銀メダル14個、銅メダル17個、計38個の史上最多メダル獲得となり、しかも17日間毎日、13競技がメダルを獲得するという記録ずくめの結果となった。しかし、7個の金メダルは国別ランキングからは10位タイの成績であり、誤算だったのは王道を外れた予想外の動きに翻弄された柔道が金メダルは松本選手の1個に終わったことと、体操ももう1つか2つのメダルが欲しかったことである。
このようにロンドン大会を上村団長と共に戦えたことを心から誇りに思う。
期間中、上村団長と「過去のメダル獲得数で柔道と体操は競い合っている。金メダルの獲得数は柔道が36個、体操が29個で柔道が上回っている。しかしメダル総数では体操が93個、柔道が66個であり、体操が上回っている」という話で盛り上がった。上村団長は数字に強い。常にこれらの数字が頭に入っているようで我々に不意に質問をしてくる。「日本の総メダル数は?冬のメダル数は?何競技が金メダルを取っているか?」等である。そして最後はいつも「どうしたら勝てるか」「どうすれば金がとれるのか」勝負の原理について白熱した。「柔能く剛を制す」「心技体を極める」「運を味方にする」「集中力がすべて」柔道と体操との競技性の違いもあるが、結論はいつも一緒「負けなければ勝つ」である。
柔道の原理である「精力善用 自他共栄」の心を学び、人間教育としての柔道を研究し、スポーツにとどまることない勝負の原理を追求してゆきたい。公益財団法人講道館の評議員を拝命した以上、55年間の体操というスポーツを通じて得た体験を持って、微力ではあるが柔道の振興にも貢献してゆきたいと思う。
(講道館評議員、塚原体操センター代表取締役)
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