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今月のことば

2008年04月

選手の奮起に期待

?? 喜一

 今年はオリンピックイヤーである。世界中の人々が注目するオリンピック、その日本代表になるために、選手たちはしのぎを削って練習に励んでいる。4年に一度の熾烈な代表争いをみる中で、改めて「強さ」について考えさせられる。「強さ」とは何か、一流選手が「強さ」を追い求めて、それぞれ限界に挑戦奮闘する過程を知ることは、スポーツ競技を越えて、参考になることが多い。
 昨年の9月の世界選手権で「投げたのか」「返したのか」の判定に微妙な問題が起き、結局、日本選手が敗れるという悔しい結果となった。判定は、最後に決めた方を取ることが多く、「ビデオを見た限り敗戦はやむなし」と審判委員が語るように、日本選手は、そうした試合展開にならないように、これまで以上の対策が求められている。

 先日柔道ではなく、テレビ番組でレスリングのことが取り上げられていた。レスリング女子55?級の吉田沙保里選手のことである。吉田選手は連勝記録が止まるという悔しい敗戦と向い合い、その中で、自分の強さについて改めて見つめ直し、ひとまわり大きく成長していたのだ。日本選手とは6年以上、外国人選手とは12年間無敗を続けていた吉田選手、その吉田選手の得意技がタックルである。しかし、昨年行われた世界選手権で、そのタックルをアメリカの選手に返されて、逆にポイントを奪われてしまった。そのタックルはビデオ判定に基づく微妙なものだったが判定は覆らず、吉田選手の連勝はついに119で止まってしまった。試合後、控室に1時間以上も籠った吉田選手の悔しさは相当なものだと想像される。「勝てると思って軽くいった」のが悪かったと試合に対する自分自身を反省した。吉田選手は、さらに、試合後VTRを何度も見返し、なぜ負けたのか、という根本の追求を始めた。吉田選手が考え抜いて到達した敗因は、得意技のタックルにおいて最も大事な基本を忘れていたことだった。元全日本チャンピオンで師である父親から徹底して教え込まれたタックル。その基本は、相手の足をつかんだあとに、瞬時に相手の横側につき、ひねりながら投げることだった。しかし敗れた試合では、相手の足をつかんだ後、相手の横側につくことなく、真っ直ぐに出ていった。そのため相手に両腕を胴体に回され、持ち上げられる隙を作ってしまったのだ。外国人選手に対し無敗を続けていたことで生まれた心の隙、基本を忘れて出したタックル、しかし、吉田選手は、敗戦の中で次につなげる大切なものを学んだのである。もちろん、吉田選手の敗因には、外国人選手が吉田選手を徹底的に研究していた点も上げられる。アメリカチームのコーチは、吉田選手に勝つための作戦を考え、タックルを返す練習を繰り返し指導していたという。

 チャンピオンになると多くの選手から目標にされ、その地位を守るのは、これまで以上大変な努力が必要となる。去年の全日本選手権で連覇を逃した石井選手、100?超級の代表をめざす石井選手の「強さ」を追求する姿勢が、先日新聞で紹介されていて、なるほどと思った。石井選手が、さらに強くなるために研究している「体落」の課題は、力任せに技に入るため、決まらないことが多いことだったという。力任せに技に入るという課題を克服するため石井選手は練習を工夫した。ウェイトトレーニングをこなして力が入らなくなった後で技の練習に取り組むことにしたのである。そうした練習で、力ではなくタイミングで投げる「体落」を習得し、さらに高い目標に向かって精進している石井選手。そこにあるのは、オリンピックに出て世界一になりたいという大きな目標であることは言うまでもないであろう。

 オリンピックイヤーは、世界一をめざす多くの選手がこれまでの自分を見つめ直し、大きく飛躍するために試行錯誤を続ける。試合の攻、防判定は大きく変化している中で選手・監督のご苦労に敬意を表わすと共に、今一度体得した技を研究して自信を持つことが大切な時期であることを強調したい。

 8月に開幕する北京オリンピック。日本は「正しい柔道」「一本をとる柔道」を世界に発信し、競技本位な柔道界に識者の大きな共鳴を得ている中で、理想に向かい理解を得るためには、檜舞台で好成績を残さねばならない。

(東海柔道連合会・静岡県柔道協会会長)

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