今月のことば
2021年3月
山口県の柔道のさらなる発展を目指して
砂川利和
はじめに、多くの柔道関係者がご存知のことと思いますが、昨年2月23日に吉岡剛山口県柔道協会会長が病気のため永眠されました。柔道界にとって掛替えのない人材を失ったことに深い悲しみと戸惑いは隠せません。葬儀の際には、多くの方々にご参列、また生花・御弔電等をいただき誠にありがとうございました。本県柔道協会を代表して心よりお礼申し上げます。
2015(平成27)年4月、私は山口県柔道協会副会長に就任しました。故吉岡先生が会長就任後に副会長として活動していたことから、2020(令和2)年3月まで会長代理を務め、同年4月の理事会において会長に就任することが決定し、現在に至っています。
柔道と共に歩む人生
私は1949(昭和24)年に、山口県阿武町奈古という小さな田舎町の農家の長男に生まれました。その頃はまだスポーツ少年団もなく、野山を駆け回り、よく相撲を取って遊んでいました。小学4年生の頃だったと思いますが、鎮守社である鶴ケ嶺八幡宮の秋祭りの相撲大会で優勝したのです。5年生の時には3位、6年生の時にまた優勝し、賞品として反物をいただき、母や祖母が喜んでくれたことを覚えています。今思えば、その流れで奈古中学校に入学し、柔道に興味を持ち入部したのだと思います。
中学3年生の時、県体育大会3位に入賞、初段を取得し黒帯を締め威張って写真に写っている姿は、今となっては滑稽に思います。中学校卒業後、自転車で通える地元の県立奈古高等学校に入学、迷わず柔道部に入部しました。当時少し高慢になっていた私を、南筑高校・天理大学卒業の高山光紀先生に厳しく鍛えていただき、お陰をもちまして2年生から山口県代表選手となり、全国大会に出場できたことは素晴らしい思い出の1つです。
高校卒業後は、九州産業大学に入学し、福岡県警師範の藤田弘明先生に、柔道だけではなく私生活に至るまで、いろいろご指導をいただきました。しかし大学2年生の夏、右膝靭帯断裂と半月板損傷で2ヵ月入院し、その後復帰したかと思えば左手首骨折と怪我に泣かされました。己に油断があったのでしょう。本格的な練習再開は3年生の夏の終わりでした。特待生でありながら目立った成績も上げられず、期待に沿えず申し訳ない気持ちだったことを覚えています。
大学卒業後、就職は地元阿武町の町役場に内定していました。しかし高校時代の恩師である高山先生と山口刑務所柔道部監督の松下憲則先生から「今日まで柔道に関わりを持ち、好きな柔道ができて給与も貰える、こんな良い職業はないのではないか」と刑務官になることを勧められ、試験を受けたところ運よく合格し、刑務官として奉職することになったのです。
1972(昭和47)年4月1日、刑務官として山口刑務所に勤務、その年から国体山口県代表選手として沖縄特別国体を含めて6年連続計7回出場し、1973(昭和48)年、千葉国体では3位決定戦で岡山県に負けはしたものの、4位入賞という成績を山口県柔道史の1ページに残せたことは今でも嬉しく思っています。
その後、山口刑務所柔道部監督として活動しながら、2003(平成15)・2004(平成16)年と2年連続全日本柔道選手権大会の審判員に推薦され、日本武道館の畳の上に立てたことは柔道人生の中で最大の喜びでした。
刑務官を退職後、生まれ育った阿武町奈古に帰郷し、ABU柔道スポーツ少年団を立ち上げ、阿武町長のご理解を得て、道場まで整備していただきました。柔道人口が減少するなか、人口3千人の小さな町ですが、団員数は26名、火・木・土の週3回、若い3名の指導者と共に練習し、子どもたちから元気を貰っています。また、中学校武道必修化に伴う阿武中学校での柔道及び道徳の授業、萩市にある至誠館大学においては、教員免許取得に必要な柔道の実技及び講義等を依頼され教鞭もとっています。限られた時間の中で柔道を教えることは難しいことですが、私たちが生きるために武道がどんな意味を持っているのか理解してほしいとの思いで取り組んでいます。
私が此処にあるのは、素晴らしい先生・先輩・後輩・周囲の方の支えのお陰であると思っています。柔道は人の体も心も大きく成長させてくれます。柔道衣を着る喜び、畳の上で何もかも忘れさせてくれる柔道、私は動けなくなるまで柔道衣を着ようと思っています。正に「柔道に感謝」です。
山口県柔道のさらなる発展を目指して
2011(平成23)年に山口国体が開催され、少年男子・成年男子はいずれも二回戦敗退と本当に悔しい思いをしましたが、成年女子が第2位、少年女子が5位入賞と見事な成績を残してくれました。
今日、東京オリンピック柔道競技代表選手として、山口県出身の大野将平選手、原沢久喜選手、パラリンピック女子柔道代表に廣瀬順子選手の3選手が内定したことは、山口国体に向かい一丸となって強化に取り組んだ結果が、大きな実を結んだのだと思っています。
国体終了後もスポーツ少年団の強化練習、高校・一般国体選手の強化合宿及び他県への遠征強化練習等、選手の強化を図ると共に、中央講師による審判講習会、県柔道協会主催の大会後の審判講習等を実施し審判員としての資質向上も目指しています。
少子化・新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、柔道人口が減少傾向にあるなか、底辺の拡大を図ろうと山口県女子柔道振興委員の近藤優子先生を中心に、保育園児・幼稚園児及び学童保育児に「転び方教室」「畳の上での体力作り」等の新たな取り組みを開始し、園児たちに接しながら、柔道についての興味と理解を深めてもらえるよう努力しているところです。
昨年以降、感染症の流行で、山口県も地域の格差はあるものの危機感は拭えません。それでも指針に沿って、徹底的な感染予防対策を講じ、大会を開催してきました。山口県柔道協会としては、小学6年生・中学3年生・高校3年生・大学生それぞれが、今日まで厳しい練習に耐え積み重ねてきた集大成を、何らかの形で残してあげたいと考えたからです。幸いにも感染症は発生しておらず、生徒からも父兄からも喜んでいただき、ほっとしているところです。
嘉納治五郎師範に思いを寄せて
『嘉納治五郎大系』を読み感じることは、師範の柔道に対する計り知れない情熱です。それに比べると私の柔道に対する思いは蟻にも満たないほど小さく恥しい限りです。さらに修行を重ね寿命を全うする頃までには、せめて蜜蜂位にはなって、あの世で嘉納師範にお会いしたいと思っていますが、会っていただけるかどうかは分かりません。
嘉納師範が萩市の松陰神社を訪れられた際の写真を拝見し、ふと現在のコロナ禍で師範は私たちに何と言われるだろうと思いを馳せたところです。
嘉納師範は偉人の言葉に多く耳を傾けておられます。例えば、山形県・第9代米沢藩主の上杉鷹山が言った「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」、或いは、山口県・長州藩の吉田松陰が安政の大獄で処刑される1週間前に詠んだとされる「親思ふ 心にまさる 親心 けふの音ずれ 何ときくらん」等、枚挙にいとまがありません。師範はこうした先人たちが遺した多くの言葉から学ぶという姿勢を持たれていたからこそ、萩の地にも足を運ばれたのではないかと想像しています。
そして提唱された柔道の精神は「精力善用」「自他共栄」が基本理念であり、人間形成を促す「人の道」であると説かれたのだと思います。私はいつも「人は心だ」と考え、生徒や自身に以下のことを繰り返し言い聞かせています。
〇両親や家族、周りの人にありがとうという感謝の心
〇他人を思い遣る心
〇辛いことにも耐え忍ぶ心
〇何事にも負けない強い心
他人を守り、自分も守る柔道、柔道を通じて強く、素晴らしい心を持った人になってほしい、これが私の願いです。そして、1日も早いコロナ禍の終息を願い、柔道を通じて私の出来ることを精一杯続けていく所存です。
(山口県柔道協会会長)
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