HOME > 今月のことば > 2008年06月

今月のことば

2008年06月

嘉納治五郎師範没後七十年祭
祭詞

講道館長 嘉 納 行 光

 謹んで嘉納師範の霊に申し上げます。
 師範がカイロオリンピック会議で東京誘致に成功され、その帰途太平洋上氷川丸で逝去されたのは昭和十三年五月四日でありました。丁度私が小学校に入る前の年に当たり、当時の模様については断片的乍ら記憶して居ります。
 師範沒後、私は五十年祭、六十年祭で祭詞を奏上致しましたが、本日七十年祭を挙行するに当たり改めて時の経過をしみじみと痛感致します。五十年祭の頃は師範と直接接した多くの方々が存命中で、師範のことについて色々とお聞きする機会にも恵まれましたが、六十年祭を経て更に七十年祭を迎えた今日では、師範を知る方々は殆ど他界されているのが実情であります。時の流れを考えれば当然の事かも知れませんが一抹の淋しさを禁じ得ません。
 申す迄もなく講道館の使命は師範の理想とされる柔道の正しい普及発展をはかる事であり、師範の在世中は勿論の事、その後も師範を敬愛し師範の理想に共鳴する各時代時代の人々によって受け継がれて参りました。併し柔道が世界に大きく発展するにつれ、特に戰後柔道がオリンピック種目となってから世界の趨勢として柔道の競技面のみが重視され、しかも本来一本取る爲の技で競うべき柔道が勝つ爲の点取り柔道へと変り、競技柔道の本質からも逸脱する傾向が顕著となり、柔道に対する魅力の喪失にもつながりかねない旨五十年祭、六十年祭の折申し上げました。この情況は今でも払拭されてはおりません。
 併しわずか乍らも明るい変化の兆が現れて来たのも事実であります。昨年日本はアジア柔連、国際柔連の選挙で惨敗しましたが、その直後のヨーロッパ柔連との接触の中でヨーロッパに於て今迄行き着く所迄行った反動なのか、柔道の原点に戻って考えようと云う反省の動きが感じられました。選挙の惨敗は我々に取って確かに大きなショックでありましたが、考えさせられる色々な面を含むものでありました。選挙の際、政治的その他の理由から日本に反対した側も日本を敵視した訳ではなく、日本と良好な関係を保ち協力を求めたいと云う氣持が内在している事も事実であります。これは日本で生まれた柔道の長い歴史と実力が大方の世界の柔道人に抱かせた敬意と信頼をこめた自然の感情と考えるならば、我々はこの氣持を大切に受け止めるべきであります。我々は今後共広い視野に立って冷静に客観的に是々非々をはっきり表明し、非とするものについてはその理由を理論的に説明する事も必要であると考えます。そしてこの様な役割を立派に担う者として、私は喜びを以て師範に御報告申し上げたいのは、生前の師範と直接接する機会こそなかったものの師範の求めておられる幅広い柔道の本質を正しく理解しこれの実現に熱意を燃している中堅及び若い世代が力強く育って来ている事であります。こう云った新しい世代と共に我々は師範の理想とされる柔道の世界発展の爲忍耐強く着実に実行して参ります。どうか在天の師範安らかにそして我々を温くお見守り下さい。

平成二十年四月廿八日

最新記事